めぐみちゃんと祖父・庄八さんの思い出
投稿者: ronald_wilson_reagan_senior 投稿日時: 2005/07/01 09:47 投稿番号: [32517 / 44985]
辛かったのは家族だけではありませんでした。
ことに北海道で暮らす主人の父やめぐみのことを我が子のように思ってくれ、めぐみのほうも「おじちゃん、おばちゃん」と慕っていた京都に住む兄夫婦の心痛もまた一通りのものではなかったと思います。
私の父は私が中学生のときになくなっており、主人の父も母もめぐみがいなくなる前に亡くなりました。
京都の母には、めぐみが小さな頃によく面倒を見てもらいましたから、今、もし健在で、このような事態を知ったなら、どんなに悲しんだことでしょう。
それは私の母と同じ頃になくなった主人の母も同様です。
主人の母が亡くなりましたが、めぐみのいとこたちが集まって賑やかにやっていましたが、朝になると、めぐみは一人で除雪の手伝いをしていました。
雪かきなど初めての体験でしたから面白かったのでしょう。
私たちが帰る日、車が迎えに来て、義父が玄関に出てきました。
めぐみは「おじいちゃん、バイバーイ」と言って車に向かいました。
みんなが車に乗り込んでいると、義父がまた「気をつけて」と声をかけました。
するとめぐみは、もう一度、玄関のところへダーッと走って行って、おじいちゃんの腰に抱きつきました。
「おじいちゃん、一人になるの?
でもさみしがらないでね。頑張ってね」
めぐみが涙声でそう言うと、義父はポロポロと泣きました。
義父は最期まで、めぐみの身の上を案じていましたが、めぐみが北朝鮮に拉致されたと知らされてから二ヶ月のち、平成9年(1997)3月26日、93歳で亡くなりました。
その前の年から具合が悪くなって主人の弟の病院で養生していたのですが、やはりめぐみのことでショックを受けたのだと思います。
私と主人は、めぐみの拉致事件で発覚で俄かに慌しくなって臨終には立ち会えず、かろうじてお通夜には間に合いました。
めぐみを可愛がってくれた義父にとって、その知らせがいかに残酷で辛いものだったか、その心境を慮ると、気の毒で気の毒でなりません。
【横田早紀江さんの手記より】
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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