北朝鮮

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ソ連抑留・北朝鮮移送犠牲者

投稿者: shouwakoukuu109sen 投稿日時: 2005/04/18 19:20 投稿番号: [31421 / 44985]
以下、読売新聞の社説です。



[シベリア抑留]「『北朝鮮移送』の全容解明を」

  ロシア語で手書きされた名簿の束から、抑留者たちの慟哭(どうこく)が聞こえてくるようだ。

  第2次大戦後、旧ソ連・シベリアに抑留された日本軍将兵らのうち2万7000人が、北朝鮮に移送されていたことが、ロシア側から日本政府に提供された名簿で判明した。病気やけが、栄養失調で労働力とみなされなくなった人たちだという。

  当時、そうした傷病者は、治療や帰国の名目で、北朝鮮や満州(現中国東北部)の収容所、病院へ分散して送り返された。その数は約4万3000人にのぼると推定されているが、これまで実態の解明は進んでいなかった。

  今回、移送の事実が公式に確認されたことの意味は大きい。

  名簿には氏名、生年、階級が記されている。どこの収容所から、だれが移送されたかを特定することができる。

  日本に帰還した人の名簿や証言、ロシア側から提供されている名簿などと突き合わせることで、“北朝鮮抑留”の実態が徐々に明らかになるのではないか。

  東京の野口富久三さん(80)が語る体験談は壮絶だ。病弱と判断され、バイカル湖西の収容所から北朝鮮の「古茂山」に移された。「ダモイ(帰国)かと思ったら北朝鮮。『ああ、捨てられたのだ』と絶望した」と述懐する。

  地面に掘った防空壕(ごう)跡に十数人が横たわり、薄い雑炊をすするだけの生活だった。毎日、仲間が死んでいった。

  彼らはどこに、どう埋葬されたのか。北朝鮮では、数千人から1万人の抑留者が死亡したと言われる。墓参や遺骨収集を望む関係者の声も強まるだろう。

  シベリア抑留問題は、戦後60年を経てなお、解決していない。

  1956年の日ソ共同宣言で相互に請求権を放棄したため、ロシアに強制労働の補償は求められない。政府は88年、平和祈念事業を始め、抑留経験者に慰労金や銀杯などを贈ってきた。

  しかし、あくまで労働賃金の支払いを求める人たちは、国を相手取った長い裁判に敗れた後も、立法的解決を超党派の国会議員に訴え続けている。

  いまだに抑留史の全容が解明されていないことも問題だ。60万の抑留者のうち5万5000人以上が死亡した。だが、ロシア側が提供した死亡者名簿は4万人どまりだ。政府は、あらゆる抑留資料の提供をロシア側に求めるべきだ。

  今も健在な抑留経験者は、10万人を割り、平均年齢は83歳を超えたという。残された時間はあまりない。

  政府、国会は、シベリア抑留問題と再度、真剣に向き合う必要がある。


http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050415ig91.htm
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