『異国の丘』 還らぬ人々
投稿者: shouwakoukuu109sen 投稿日時: 2005/04/12 10:51 投稿番号: [31281 / 44985]
今日も暮れゆく異国の丘に
友よつらかろ切なかろ
がまんだ待ってろ嵐が過ぎりゃ
帰る日もくる春がくる
今日も更けゆく異国の丘に
夢も寒かろ冷たかろ
泣いて笑って唄ってたえりゃ
望む日がくる朝がくる
今日も昨日も異国の丘に
重い雪空陽がうすい
倒れちゃならない祖国の土に
たどりつくまでその日まで
この歌は最初から商業作品として売り出されたものではありません。元々は軍歌です。
日本の軍歌は、よく知られているように、戦意高揚を狙ったものよりも、将兵の気持ちを歌ったものが多く、異国の丘もその一つです。
昭和23年8月1日、NHKラジオ「素人のど自慢」で、シベリア帰りの中山耕造が「自分たちがシベリアの収容所で歌っていた歌を今もかの地に残る戦友のために歌います」と言って歌い、全国の涙を誘いました。
一般兵士たちの切々たる望郷の念を歌ったもので、兵士と家族だけではなく全国民(日本は必死に残存船舶で復員を図りましたが、シベリア、満州、北朝鮮からの帰国の途はなく、何十、何百万の家族が悲しんでいました)の胸に迫り、みんなに歌われました。
歌い終わったとたんにNHKに問い合わせが殺到。この放送を聞いていた作詞家の佐伯孝夫が、歌詞を手直しして、このシベリア帰りの青年中山耕造と、当時売り出し中だった歌手竹山逸郎が歌って、空前のヒットとなりました。
シベリア抑留された日本兵達、おおよそ60万人のうち、3万人弱がその直後、北朝鮮に逆送され、一人も、ただの一人も戻らなかったことを最近知りました。
あの頃の思い。
北朝鮮に送られ、二度と故国を見られなかった日本兵の皆さんの冥福を心から祈ります。
http://www.yomiuri.co.jp/main/news/20050401i211.htm
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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