ラクダ仙人どの【トピズレ&トピ合致】(2)
投稿者: clionomiko 投稿日時: 2005/03/31 15:48 投稿番号: [30961 / 44985]
>・・・たぶん、故夏目雅子嬢が結婚した時も、それほどのショックは無かったので、きっと大丈夫でしょう。
この、
>・・・
は、なんですぞぇ?
>私は『大奥』をドラマとして、あの女性同士のドロドロの葛藤劇として、純粋にエンタメとして心から楽しんでいたのであって、
はいはい。そういうことに致しましょう。(いや、本当に)
そのお気持ち、わたわとてわからぬではないのじゃ。
わらわも、俳優各氏(含む女優)にぞっこん惚れ込むことはある。しかし、いったん冷静になって考えると、わらわが好きなのは「その役のその人」であって役をまとわぬ地の俳優氏を好んで居るのであろうか、と我が身を振り返る。
ただし、逆に、役を演じているときは少しも好きになれぬが地のその人は悪うないと思う俳優も居る。ゲーリー・オールドマンじゃ。
>中国は、この機会にますます中朝韓連携の構図作りを進めてくると思いますよ。
あの手この手でやるでしょうな。
このごろわらわは思うのじゃ。朝鮮民族が真に大人になるためには、日本ではなく、中国そのものと真正面からむき合わねばならぬのではないか、と。それが彼らの課題であり、それを果たさぬ限り彼らは永遠に「大人」にはなれぬのではなかろうか、とな。
如何お考えじゃ?
>これは公主様のお言葉とは思えないですね。
どんな内容なのかを確認もせずに、先に結論ありきとは。
それじゃ、まるでサッちゃんみたいじゃないですか...
安易な「まるでサッちゃんみたいじゃないですか...」という申されかたにも、サッちゃん流を感じますな。
ま、ここは、
>公主様の予想を覆すほどの作品
が仕上がってからゆるりと談義致しましょうぞ。
>私の心の中には、どこかでライブドアに同情的な部分があり、自分でもその理由が何なのか、ずっと気付かずにおりましたが、最近やっと気付きました。(略)これが「まぁとにかく、近いうちに一緒に飯でも食おうや」という、大人の余裕ある態度を演技でもいいから見せてくれていたら、そうは思わなかったのかもしれません。
仙人どのはそのようにお感じか。
わらわはむしろ、逆に感じましたな。かの老人(大人)たちもまた、彼のなかに1度は自分が陥ったかもしれぬワナを見てすでにその結果も見えておるゆえ、「痛々しくて」近付きとうもないのであろう、と。
それらの大人たちが演技で
>まぁとにかく、近いうちに一緒に飯でも食おうや」という、大人の余裕ある態度を演技でもいいから見せてくれていたら、
彼はそれが「演技」であるというだけで(当然彼とて、それが「演技」であることを見抜く頭はありましょうからの)、大人たちの手を振り払うでありましょうぞ。余計に意固地になるやもしれぬ。
それをせぬのは、老人がたが彼に対して真っ向勝負をかけているから(「若造」扱いした発言も含めて彼を挑発しておるのじゃ)ではありませぬかえ?
「若さゆえの傲慢」も「若さゆえの過ち」も、過ぎてしまえば美しい思い出にもなろう。じゃが、それを通り過ぎるまえに失墜すると自分らはわかっているのに当の本人だけが気付かない。そして、まわりに居たり彼を囃し立てるのは、「永遠の近未来を求める人々」のみ。
そのような痛々しい相手に、だれが容赦などしますものか。痛々しいふるまいをしているのは相手でも、痛んでいるのは自分の神経なのですぞ。
ご老人がたは、「もしからしたらどこかで彼のようになって転落し、今ごろここにはいなかったかもしれない自分」の姿を突きつけられるようで苦しいのじゃろうて。
それにしても不思議なことじゃ。
仙人どのとわらわとでは、実年齢にどれほどの開きがあろうか。さして、ではあるまい。
しかし、仙人どのは「彼」にいささかでも同情の気持ちを抱く余裕をお持ちじゃ。わらわは、これまた自分も「どこかでああなってしまったかもしれぬ自分」を見せつけられるようで、ご老人がたのほうに同情を感じる。
この差は、どこから出てくるものなのかのぉ。
>季節の変わり目は、特に体調に異変をきたすとか。
公主様も、充分お気をつけ下さい。
お気遣い感謝申し上げる。
仙人どのも、風邪のぶり返しにはくれぐれも気をつけられませ。
それでは。
この、
>・・・
は、なんですぞぇ?
>私は『大奥』をドラマとして、あの女性同士のドロドロの葛藤劇として、純粋にエンタメとして心から楽しんでいたのであって、
はいはい。そういうことに致しましょう。(いや、本当に)
そのお気持ち、わたわとてわからぬではないのじゃ。
わらわも、俳優各氏(含む女優)にぞっこん惚れ込むことはある。しかし、いったん冷静になって考えると、わらわが好きなのは「その役のその人」であって役をまとわぬ地の俳優氏を好んで居るのであろうか、と我が身を振り返る。
ただし、逆に、役を演じているときは少しも好きになれぬが地のその人は悪うないと思う俳優も居る。ゲーリー・オールドマンじゃ。
>中国は、この機会にますます中朝韓連携の構図作りを進めてくると思いますよ。
あの手この手でやるでしょうな。
このごろわらわは思うのじゃ。朝鮮民族が真に大人になるためには、日本ではなく、中国そのものと真正面からむき合わねばならぬのではないか、と。それが彼らの課題であり、それを果たさぬ限り彼らは永遠に「大人」にはなれぬのではなかろうか、とな。
如何お考えじゃ?
>これは公主様のお言葉とは思えないですね。
どんな内容なのかを確認もせずに、先に結論ありきとは。
それじゃ、まるでサッちゃんみたいじゃないですか...
安易な「まるでサッちゃんみたいじゃないですか...」という申されかたにも、サッちゃん流を感じますな。
ま、ここは、
>公主様の予想を覆すほどの作品
が仕上がってからゆるりと談義致しましょうぞ。
>私の心の中には、どこかでライブドアに同情的な部分があり、自分でもその理由が何なのか、ずっと気付かずにおりましたが、最近やっと気付きました。(略)これが「まぁとにかく、近いうちに一緒に飯でも食おうや」という、大人の余裕ある態度を演技でもいいから見せてくれていたら、そうは思わなかったのかもしれません。
仙人どのはそのようにお感じか。
わらわはむしろ、逆に感じましたな。かの老人(大人)たちもまた、彼のなかに1度は自分が陥ったかもしれぬワナを見てすでにその結果も見えておるゆえ、「痛々しくて」近付きとうもないのであろう、と。
それらの大人たちが演技で
>まぁとにかく、近いうちに一緒に飯でも食おうや」という、大人の余裕ある態度を演技でもいいから見せてくれていたら、
彼はそれが「演技」であるというだけで(当然彼とて、それが「演技」であることを見抜く頭はありましょうからの)、大人たちの手を振り払うでありましょうぞ。余計に意固地になるやもしれぬ。
それをせぬのは、老人がたが彼に対して真っ向勝負をかけているから(「若造」扱いした発言も含めて彼を挑発しておるのじゃ)ではありませぬかえ?
「若さゆえの傲慢」も「若さゆえの過ち」も、過ぎてしまえば美しい思い出にもなろう。じゃが、それを通り過ぎるまえに失墜すると自分らはわかっているのに当の本人だけが気付かない。そして、まわりに居たり彼を囃し立てるのは、「永遠の近未来を求める人々」のみ。
そのような痛々しい相手に、だれが容赦などしますものか。痛々しいふるまいをしているのは相手でも、痛んでいるのは自分の神経なのですぞ。
ご老人がたは、「もしからしたらどこかで彼のようになって転落し、今ごろここにはいなかったかもしれない自分」の姿を突きつけられるようで苦しいのじゃろうて。
それにしても不思議なことじゃ。
仙人どのとわらわとでは、実年齢にどれほどの開きがあろうか。さして、ではあるまい。
しかし、仙人どのは「彼」にいささかでも同情の気持ちを抱く余裕をお持ちじゃ。わらわは、これまた自分も「どこかでああなってしまったかもしれぬ自分」を見せつけられるようで、ご老人がたのほうに同情を感じる。
この差は、どこから出てくるものなのかのぉ。
>季節の変わり目は、特に体調に異変をきたすとか。
公主様も、充分お気をつけ下さい。
お気遣い感謝申し上げる。
仙人どのも、風邪のぶり返しにはくれぐれも気をつけられませ。
それでは。
これは メッセージ 30960 (clionomiko さん)への返信です.
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