リラさん
投稿者: sunday7227 投稿日時: 2005/02/14 11:54 投稿番号: [29320 / 44985]
おはようございます。
>>元在日の俳優伊原剛志さんが祖先の墓に拝礼している映像を見て、「あれはいつか、私自身の姿になるだろう」と
>思われているかたが、
>>私は朝鮮半島で生まれ育っていない(朝鮮)韓国人。
本国に足を踏み入れた事のない在日です。
>でありつづけるのは、むしろ韓国という国に対して失礼ではありませんか?
リラさんは少し勘違いしておられますね。
「で、ありつづける」のではなく、”今現在”のサンデーが
>>私は朝鮮半島で生まれ育っていない(朝鮮)韓国人。
>>本国に足を踏み入れた事のない在日です。
↑だと言う事です。
『あれはいつか、私自身の姿になるだろう』←これは本心です。
「時間が取れたら韓国に行こうね」と常々家族でそんな話をしていますし、まず韓国籍を取得した事自体がその第一歩でもあるのです。
>>「旅行」
>でしか韓国に足を踏み入れないまま韓国人を名乗られつづけるのは、韓国側からしてみれば「いい迷惑」と見なされてもしかたがない側面があると私は感じてしまうのです。
日本に生活の基盤を置く在日が「旅行」以外で本国に足を踏み入れる機会は他に何かあるでしょうか?
りょ‐こう〔‐カウ〕【旅行】
[名](スル)家を離れて他の土地へ行くこと。旅をすること。たび。「マイカーで―する」「観光―」「海外―」
<大辞泉 提供>
私の父親は本籍・韓国、国籍・朝鮮、
私の母親は本籍・朝鮮、国籍・朝鮮です。
二世である私の父親は一度も本国に足を踏み入れないまま、もう73歳になります。
一世である私の母親は一度も「里帰り」をする事なく、この世を去りました。
それでも自分の国をずっと大切に思ってきた訳です。
もし「旅行」を訂正しようものなら、掲示板で良く見かける「北朝鮮へ帰れ」「韓国へ帰れ」を認めてしまう事になります。
なので在日である私にとっては「家を離れて他の土地へ行くこと」=「旅行」以外の表現は思いつきません。
私の家は、ここ日本にありますから。
では、これにて失礼いたします。
>>元在日の俳優伊原剛志さんが祖先の墓に拝礼している映像を見て、「あれはいつか、私自身の姿になるだろう」と
>思われているかたが、
>>私は朝鮮半島で生まれ育っていない(朝鮮)韓国人。
本国に足を踏み入れた事のない在日です。
>でありつづけるのは、むしろ韓国という国に対して失礼ではありませんか?
リラさんは少し勘違いしておられますね。
「で、ありつづける」のではなく、”今現在”のサンデーが
>>私は朝鮮半島で生まれ育っていない(朝鮮)韓国人。
>>本国に足を踏み入れた事のない在日です。
↑だと言う事です。
『あれはいつか、私自身の姿になるだろう』←これは本心です。
「時間が取れたら韓国に行こうね」と常々家族でそんな話をしていますし、まず韓国籍を取得した事自体がその第一歩でもあるのです。
>>「旅行」
>でしか韓国に足を踏み入れないまま韓国人を名乗られつづけるのは、韓国側からしてみれば「いい迷惑」と見なされてもしかたがない側面があると私は感じてしまうのです。
日本に生活の基盤を置く在日が「旅行」以外で本国に足を踏み入れる機会は他に何かあるでしょうか?
りょ‐こう〔‐カウ〕【旅行】
[名](スル)家を離れて他の土地へ行くこと。旅をすること。たび。「マイカーで―する」「観光―」「海外―」
<大辞泉 提供>
私の父親は本籍・韓国、国籍・朝鮮、
私の母親は本籍・朝鮮、国籍・朝鮮です。
二世である私の父親は一度も本国に足を踏み入れないまま、もう73歳になります。
一世である私の母親は一度も「里帰り」をする事なく、この世を去りました。
それでも自分の国をずっと大切に思ってきた訳です。
もし「旅行」を訂正しようものなら、掲示板で良く見かける「北朝鮮へ帰れ」「韓国へ帰れ」を認めてしまう事になります。
なので在日である私にとっては「家を離れて他の土地へ行くこと」=「旅行」以外の表現は思いつきません。
私の家は、ここ日本にありますから。
では、これにて失礼いたします。
これは メッセージ 29314 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
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