トマトさんへ。
投稿者: nachtigall06 投稿日時: 2005/02/05 18:16 投稿番号: [28788 / 44985]
死に行く者の思い、生き永らえる苦痛。
トマトさんこんばんは。
いろいろ考えていた夜鳴き鳥です。
考え続けたのではありますが、結局以前から抱いていた思いしか行き着けなかったのです。
最後は人の心。
いわゆる戦争法的認定論。
そして、
人の心の中の罪悪感。
どちらも事実であり真実でもあります。
大陸にて、そして太平洋にて、少なくとも日本人に限って言えば、
意外に日本人はフラットでノーマルな心を以って戦争に望んだようです。
これは日本人がいわゆる人種的な残虐性を示す歴史が非常に希薄であったためと思われます。ほとんど同一人種間の戦争しか経験が無かったわけです。
ところが、近代戦の様相は撲滅戦であったり無差別殺傷であったり、兵器の使用がそもそも刀などの白兵戦兵器が全体の量から比率的に少なくなっていった事から、大量殺戮が「相手の顔」を見ずに行われるようになり、論理化体系化された暴力となっていた為、日本兵自身が意識せずに機械の力で大破壊、大量殺戮を行う状況となって行ったものと思われます。
よくあるところの大陸やアジアでの日本兵の暴虐ぶりは、戦後の中共の捏造が多く、実際は喧伝されるほどのものでは無かった事が指摘されています。
例えば南京事件。
人口が事件前と事件後でほとんど変化が無く、死んだのは中国の便衣兵が大半で、虐殺とはよくも言ったりという所ですし、朝鮮での残虐行為もいわゆる強制連行と同様に眉唾ものです。
情け深く良い人が多かったのです。
ですが、まったく民間人を殺さなかったかというとそうでは無かった。
私の父の場合、陸戦隊と共にスパイ夫婦に夜襲をかけ、抹殺しています。
当然の戦争行為でありますし、必要性もあったのでしょう。
軍の命令でもありました。父の罪は問えません。
しかし、そのときそのスパイ夫婦には子供がいました。
命令は家族全ての抹殺です。情報戦でありますから、知られるわけには行かない。
子供も殺さなければならない。目撃者でもありなによりその夫婦の子供です。
生かしておくわけには行かない。
しかし、だれもその子供を殺そうとはしなかった。当然です。彼らは兵士でありますが人間です。子供殺しなんぞしたい筈がありません。ですが命令は命令です。
一番年下で階級の低い父にその実行が指示されました。
私の父はその事を死ぬまで悔やんでいました。酒を飲むたびに泣いておりました。
「お父ちゃんはな、人殺しなんや」
戦争は犯罪ではありません。政治の延長線上にある公的な行為であります。
戦争行為において犯した殺人に、罪を問う事は出来ないと思います。
命令に従い、自らの行動と存在を保全するために戦い、命を奪い合った。
父に罪は無いと私は思います。だれもがそう言いました。
しかし、私の父は死ぬまで己のそんな行為を許さなかった。
国家間や体制間で軋轢が起こり戦争が起こる。
人は相手を撲滅することでしか収拾がつけられない事態におちいります。
それは許される事です。
殺らねば、殺られるのですから。
しかし、その行為を人の心はけっして許す事が出来ません。
国家や体制が、いや世界が、歴史がそれを認めたとしても。
刃を以って向かって来る相手を制止する有効な方法。
本当に正しい力の使い方。
我々にはその為の知恵がまだ無いのだと考えています。
私は少なくとも日本の兵士たちを殺人者と呼ぶ事は出来ません。
そしていずれは起こるだろうアジアの騒乱を人間がどのように収めるか。
私自身、行かなくてはならないのなら、殺さなくてはならないのなら、殺るでしょう。
公的に認められた殺人が戦争であり、犯罪ではない、しかし、それを人の心は許さない。
その状況をもって「愚か」と呼び「悲喜劇」と呼ぶべきなのだと思います。
戦争が愚かなのではない、人間の存在と行為と知恵の無さが愚かなのだ。
業を乗り越える知恵はいつ人にもたらされるのか。
トマトさんこんばんは。
いろいろ考えていた夜鳴き鳥です。
考え続けたのではありますが、結局以前から抱いていた思いしか行き着けなかったのです。
最後は人の心。
いわゆる戦争法的認定論。
そして、
人の心の中の罪悪感。
どちらも事実であり真実でもあります。
大陸にて、そして太平洋にて、少なくとも日本人に限って言えば、
意外に日本人はフラットでノーマルな心を以って戦争に望んだようです。
これは日本人がいわゆる人種的な残虐性を示す歴史が非常に希薄であったためと思われます。ほとんど同一人種間の戦争しか経験が無かったわけです。
ところが、近代戦の様相は撲滅戦であったり無差別殺傷であったり、兵器の使用がそもそも刀などの白兵戦兵器が全体の量から比率的に少なくなっていった事から、大量殺戮が「相手の顔」を見ずに行われるようになり、論理化体系化された暴力となっていた為、日本兵自身が意識せずに機械の力で大破壊、大量殺戮を行う状況となって行ったものと思われます。
よくあるところの大陸やアジアでの日本兵の暴虐ぶりは、戦後の中共の捏造が多く、実際は喧伝されるほどのものでは無かった事が指摘されています。
例えば南京事件。
人口が事件前と事件後でほとんど変化が無く、死んだのは中国の便衣兵が大半で、虐殺とはよくも言ったりという所ですし、朝鮮での残虐行為もいわゆる強制連行と同様に眉唾ものです。
情け深く良い人が多かったのです。
ですが、まったく民間人を殺さなかったかというとそうでは無かった。
私の父の場合、陸戦隊と共にスパイ夫婦に夜襲をかけ、抹殺しています。
当然の戦争行為でありますし、必要性もあったのでしょう。
軍の命令でもありました。父の罪は問えません。
しかし、そのときそのスパイ夫婦には子供がいました。
命令は家族全ての抹殺です。情報戦でありますから、知られるわけには行かない。
子供も殺さなければならない。目撃者でもありなによりその夫婦の子供です。
生かしておくわけには行かない。
しかし、だれもその子供を殺そうとはしなかった。当然です。彼らは兵士でありますが人間です。子供殺しなんぞしたい筈がありません。ですが命令は命令です。
一番年下で階級の低い父にその実行が指示されました。
私の父はその事を死ぬまで悔やんでいました。酒を飲むたびに泣いておりました。
「お父ちゃんはな、人殺しなんや」
戦争は犯罪ではありません。政治の延長線上にある公的な行為であります。
戦争行為において犯した殺人に、罪を問う事は出来ないと思います。
命令に従い、自らの行動と存在を保全するために戦い、命を奪い合った。
父に罪は無いと私は思います。だれもがそう言いました。
しかし、私の父は死ぬまで己のそんな行為を許さなかった。
国家間や体制間で軋轢が起こり戦争が起こる。
人は相手を撲滅することでしか収拾がつけられない事態におちいります。
それは許される事です。
殺らねば、殺られるのですから。
しかし、その行為を人の心はけっして許す事が出来ません。
国家や体制が、いや世界が、歴史がそれを認めたとしても。
刃を以って向かって来る相手を制止する有効な方法。
本当に正しい力の使い方。
我々にはその為の知恵がまだ無いのだと考えています。
私は少なくとも日本の兵士たちを殺人者と呼ぶ事は出来ません。
そしていずれは起こるだろうアジアの騒乱を人間がどのように収めるか。
私自身、行かなくてはならないのなら、殺さなくてはならないのなら、殺るでしょう。
公的に認められた殺人が戦争であり、犯罪ではない、しかし、それを人の心は許さない。
その状況をもって「愚か」と呼び「悲喜劇」と呼ぶべきなのだと思います。
戦争が愚かなのではない、人間の存在と行為と知恵の無さが愚かなのだ。
業を乗り越える知恵はいつ人にもたらされるのか。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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