リラさんへ>聖書と言葉と光と
投稿者: yotaro47j 投稿日時: 2005/01/04 08:27 投稿番号: [27239 / 44985]
おはようございます、トピずれです。
現代物理学の量子論では「光」は「粒子であり波でもある」らしい。
で、人間が「光」に「粒子になれ!」と言うと光は粒子になる。「波になれ!」というと光は波になる。
この「光」の摩訶不思議な性質に現代物理学者は「あいた口が塞がらなくなった」と教育テレビで放送していた。どうしてなのか誰も知らない。
で、人間の認識と「光」との関係を思う時、私は有機体としての人間が自然(宇宙)と一体の認識(言葉)を持つ生き物なのではないか?
という思いにかられました。
アインシュタインが「月は私が見ないと存在しないのか?」とか言ったらしい。これは自意識、エゴとかいう問題でなく、人間そのものの存在に対する疑問だったのかもしれません。
「聖書」の話は、現代においてますます「謎」であり「真実」を表現しているのかも知れません。
では。
PS/この「光」のわけのわからん性質を利用してあらたなコンピューター製造計画があるそうです。
わからんものはそのままにして「とりあえず利用しよう」ということらしい。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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