クレヨン人さん(1)【お気に召すまま】
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/12/24 00:24 投稿番号: [26875 / 44985]
こんばんは。
レスくださって光栄です。
>「長靴を履いた猫」って宮崎作品だったのですか
全部が全部というわけではないようですが、クライマックスの魔王の城のデザインと、魔王の心臓であるドクロのペンダントを巡って取りつ取られつのハラハラシーンが続くところを覚えておられませんか? あのあたりに宮崎氏が関わったようです。
>私は宮崎作品の中では、ラピュタがお気に入りです、特にあの戦闘ロボットの無垢さに涙しました。
私も、『ラピュタ』が1番好きです。完成度も1番高いのではないでしょうか。『ナウシカ』や『もののけ姫』のほうが評判にはなりましたが、あの二つはメッセージ性が高すぎて頭でっかちのような気がするのです。その点では、『ラピュタ』はメッセージ性をストーリーのなかにうまく溶け込ませていたと思っています。
>最近のリラさん、何か凛としてますね。
なごやんさんが、あまりお見えにならなくなって、「私がやらなくちゃ」ていう気負いを感じてしまうのは、私だけでしょうか・・・
ありがとうございます。でも、それはものすごい買い被りです。
私は、↓のような人間です。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=kldabaaf&sid=552019565&mid=26778
>わらわとて、ブラウン管のむこうで幼き子どもが傷を負おて痛がっているのを見るのは辛い。アフリカ諸国の内戦で性的被害にあった女性は6〜7割(低年齢を含む)と聞けば、憤りを感ずる。
しかし一方で思うのじゃ。もしこのわらわが、親類や親友の子どもたちと戦場をさすらうことになったとしたら、彼らから食物を取り上げてでも自分の腹に入れるであろう。人買いに請われれば売り渡すことも考えるであろう、とな。わらわは、自らがそのていどの人間であることから逃げるつもりはない。
(口調が変なのは、黄智英=コムタンさん命名、という高句麗の公主の立場で語っているからです)
私は、ナゴヤン殿のような懐の深さも包容力もないし、いなし上手でもありません。また、コムタンさんのように、「うるさい犬なんて相手にするだけムダ」ときっぱり割り切る潔さもありません。サンデーさんのように、どんな人とでも一度はその人の善意を信じて接しようとする積極性も持ちません。基本的に小心者で、猜疑心の強い人間です。
ただ、自分の信頼する人や事象が、理ではなく偏見や単なる感情で攻撃されているときには、自分でも呆れるくらい憤りを感じてしまうのです。そして、往々にして猪突猛進します。(連れ合いからは、「一度キレたら、どんなとてつもないことを仕出かすかわからないヤツ」と言われております)
>学生の頃に読んだSF短編
正義は所詮相対的な評価の上に成り立つものですから、貫く「正義」が必要とされなくなったらそれはたしかに地獄でしょうね。おもしろいお話を聞かせていただきました。ありがとうございます。
投稿を改めさせてください。
レスくださって光栄です。
>「長靴を履いた猫」って宮崎作品だったのですか
全部が全部というわけではないようですが、クライマックスの魔王の城のデザインと、魔王の心臓であるドクロのペンダントを巡って取りつ取られつのハラハラシーンが続くところを覚えておられませんか? あのあたりに宮崎氏が関わったようです。
>私は宮崎作品の中では、ラピュタがお気に入りです、特にあの戦闘ロボットの無垢さに涙しました。
私も、『ラピュタ』が1番好きです。完成度も1番高いのではないでしょうか。『ナウシカ』や『もののけ姫』のほうが評判にはなりましたが、あの二つはメッセージ性が高すぎて頭でっかちのような気がするのです。その点では、『ラピュタ』はメッセージ性をストーリーのなかにうまく溶け込ませていたと思っています。
>最近のリラさん、何か凛としてますね。
なごやんさんが、あまりお見えにならなくなって、「私がやらなくちゃ」ていう気負いを感じてしまうのは、私だけでしょうか・・・
ありがとうございます。でも、それはものすごい買い被りです。
私は、↓のような人間です。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=kldabaaf&sid=552019565&mid=26778
>わらわとて、ブラウン管のむこうで幼き子どもが傷を負おて痛がっているのを見るのは辛い。アフリカ諸国の内戦で性的被害にあった女性は6〜7割(低年齢を含む)と聞けば、憤りを感ずる。
しかし一方で思うのじゃ。もしこのわらわが、親類や親友の子どもたちと戦場をさすらうことになったとしたら、彼らから食物を取り上げてでも自分の腹に入れるであろう。人買いに請われれば売り渡すことも考えるであろう、とな。わらわは、自らがそのていどの人間であることから逃げるつもりはない。
(口調が変なのは、黄智英=コムタンさん命名、という高句麗の公主の立場で語っているからです)
私は、ナゴヤン殿のような懐の深さも包容力もないし、いなし上手でもありません。また、コムタンさんのように、「うるさい犬なんて相手にするだけムダ」ときっぱり割り切る潔さもありません。サンデーさんのように、どんな人とでも一度はその人の善意を信じて接しようとする積極性も持ちません。基本的に小心者で、猜疑心の強い人間です。
ただ、自分の信頼する人や事象が、理ではなく偏見や単なる感情で攻撃されているときには、自分でも呆れるくらい憤りを感じてしまうのです。そして、往々にして猪突猛進します。(連れ合いからは、「一度キレたら、どんなとてつもないことを仕出かすかわからないヤツ」と言われております)
>学生の頃に読んだSF短編
正義は所詮相対的な評価の上に成り立つものですから、貫く「正義」が必要とされなくなったらそれはたしかに地獄でしょうね。おもしろいお話を聞かせていただきました。ありがとうございます。
投稿を改めさせてください。
これは メッセージ 26856 (kureyonjin さん)への返信です.
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