yotaroさんへ〜。
投稿者: chopper8111362 投稿日時: 2004/12/20 20:43 投稿番号: [26702 / 44985]
遅くなりましたが、Yotaroさんからの宿題を自分なりに考えてみました。
お題は、、。
「拉致事件と愛国心の関係」をどう思うか?「国を愛する」という抽象的な概念と、「横田めぐみさんを助けよう」というか「横田めぐみさんを愛する」ということの間にある空白について。
でしたね。
まず、愛国心について、大辞林その他を参照にすると。
愛国心:自分の国を愛すること。Love one’s country; patriotism.
となります。簡単な答えですが、国を愛する気持ちが愛国心です。
では、国とはなんでしょうか?自公連立政権が担当する政府が日本国でしょうか?
ちがいます。大きくは自分のアイデンティティーを構築してくれた日本の文化、歴史、環境からはじまり、直接的には自分の成長に直接関与した共同体や家族や仲間の総体が日本人としての自分の「国」だと考えています。だから、自分の持つ愛国心とは、国家に対する忠誠ではなく、日本の歴史や文化、環境、国民(仲間や家族)を愛し守ろうとする考えや行動です。多くの方々も、自分と同じ考え方を持っていると思います。(ちなみに、三島由紀夫は、「天皇陛下」をその象徴として持ってきているようですね。)
では、日本国民は、愛国心に基づいて拉致問題に憤りを覚えているのでしょうか?
自分は、拉致問題と愛国心は関係ないと考えています。
日本人の多くは、国家(政府)機関は国民の幸福を守るためのシステムで有ると考えています。もし、国家機関が国民に不利益を及ぼした場合、国家機関は国民から糾弾され、国民に対して謝罪と損害の賠償を行い、誤りの再発防止を誓わされます。
しかし、北朝鮮は違います。国家機関は、独裁者(金正日)のものであり、その独裁政権を維持するために行動します。国家機関が国民に不利益をもたらしても、国家機関が国民に謝罪する必要は有りませんし、もし謝罪したとしても、事態の説明や事実関係の検証を要求されることはあり得ません。北朝鮮の独裁者が拉致の事実を認め、形なりにも謝罪を行ったことは、北朝鮮政府としては破格の行動であったに違い有りません。そして、北朝鮮は、独裁者の謝罪発言だけで拉致問題は完全に解決したと判断したのです。それが北朝鮮の常識なのかもしれません。
北朝鮮の国家(政府)機関は、その存在意義から始まり、行動原理まで日本のそれとは全く異なる組織なのです。
その国家機関感覚の齟齬が、拉致問題解決に向かう日本国民と北朝鮮政府の温度差に表れているのだと思います。そして、この温度差が、拉致問題解決の糸口をつかめない原因なのではないでしょうか。
また、「愛国心があるから拉致問題に対して憤りを覚える」と思えないのは、この掲示板を見ていれば分かります。
経済制裁から北朝鮮膺懲論まで唱える輩に、正確な国際知識と軍事知識を備えている人間がどれほど居るでしょうか?愛国心には国を守る気持ちが内包されるはずですが、それならば国を守るための軍事知識も、国際知識も持たない人間が愛国者といえるでしょうか?
また、アジア諸国の感情を重視し、中共の顔色を窺うことを主張する輩に愛国心に必須な矜持の一部でも認めることが出来るでしょうか?
昨今この掲示板に猖獗するのは、北朝鮮との意識の食い違いに苛つきを覚え、弱者への暴力にのみ快感を求める軽佻浮薄の輩か、独立国家の国民としての矜持を持たず、他国への媚諛と自衛自存の放棄を当然のように唱える腑抜けばかりです。
拉致問題は愛国心とは全く関係ないところで議論されているような気がします。
自分には、横田めぐみさんの拉致当時と同じ年齢の子供がいます。自分の愚息を見ながら、横田夫妻のお気持ちを考えると、自分のような人間でも本当に心が引き裂かれるような思いがします。そして、先日公表された、拉致直後に北朝鮮で撮られた横田めぐみさんの姿に衝撃を受けました。黒いジャンパースカートを着てソファに腰掛けている姿です。やや蒼く固い表情と、本当に不安に満ちた視線をカメラに向けていました。
この感覚は、愛国心ではなく、不条理に遭遇した被害者に対する同情と、犯罪者に対する義憤だと思います。
愛国心とは、同情や憤りで鼓舞する物ではなく、その感情を凌駕した上で、冷静にしかし誇りを持って高めていくべき物です。
長くなってしまいましたが、誤解を引き起こさないように付け加えさせてください。
最近zero氏とqpfkk359とが論争を行っていますが、自分はzero氏に賛同を多くしております。氏は愛国者です。
最後に、yotaroさん、今度は「三島由紀夫談義」にで盛り上がりましょう(笑)
ちなみに三島文学では「軽王子と衣通姫」が一番好きです。
では。
お題は、、。
「拉致事件と愛国心の関係」をどう思うか?「国を愛する」という抽象的な概念と、「横田めぐみさんを助けよう」というか「横田めぐみさんを愛する」ということの間にある空白について。
でしたね。
まず、愛国心について、大辞林その他を参照にすると。
愛国心:自分の国を愛すること。Love one’s country; patriotism.
となります。簡単な答えですが、国を愛する気持ちが愛国心です。
では、国とはなんでしょうか?自公連立政権が担当する政府が日本国でしょうか?
ちがいます。大きくは自分のアイデンティティーを構築してくれた日本の文化、歴史、環境からはじまり、直接的には自分の成長に直接関与した共同体や家族や仲間の総体が日本人としての自分の「国」だと考えています。だから、自分の持つ愛国心とは、国家に対する忠誠ではなく、日本の歴史や文化、環境、国民(仲間や家族)を愛し守ろうとする考えや行動です。多くの方々も、自分と同じ考え方を持っていると思います。(ちなみに、三島由紀夫は、「天皇陛下」をその象徴として持ってきているようですね。)
では、日本国民は、愛国心に基づいて拉致問題に憤りを覚えているのでしょうか?
自分は、拉致問題と愛国心は関係ないと考えています。
日本人の多くは、国家(政府)機関は国民の幸福を守るためのシステムで有ると考えています。もし、国家機関が国民に不利益を及ぼした場合、国家機関は国民から糾弾され、国民に対して謝罪と損害の賠償を行い、誤りの再発防止を誓わされます。
しかし、北朝鮮は違います。国家機関は、独裁者(金正日)のものであり、その独裁政権を維持するために行動します。国家機関が国民に不利益をもたらしても、国家機関が国民に謝罪する必要は有りませんし、もし謝罪したとしても、事態の説明や事実関係の検証を要求されることはあり得ません。北朝鮮の独裁者が拉致の事実を認め、形なりにも謝罪を行ったことは、北朝鮮政府としては破格の行動であったに違い有りません。そして、北朝鮮は、独裁者の謝罪発言だけで拉致問題は完全に解決したと判断したのです。それが北朝鮮の常識なのかもしれません。
北朝鮮の国家(政府)機関は、その存在意義から始まり、行動原理まで日本のそれとは全く異なる組織なのです。
その国家機関感覚の齟齬が、拉致問題解決に向かう日本国民と北朝鮮政府の温度差に表れているのだと思います。そして、この温度差が、拉致問題解決の糸口をつかめない原因なのではないでしょうか。
また、「愛国心があるから拉致問題に対して憤りを覚える」と思えないのは、この掲示板を見ていれば分かります。
経済制裁から北朝鮮膺懲論まで唱える輩に、正確な国際知識と軍事知識を備えている人間がどれほど居るでしょうか?愛国心には国を守る気持ちが内包されるはずですが、それならば国を守るための軍事知識も、国際知識も持たない人間が愛国者といえるでしょうか?
また、アジア諸国の感情を重視し、中共の顔色を窺うことを主張する輩に愛国心に必須な矜持の一部でも認めることが出来るでしょうか?
昨今この掲示板に猖獗するのは、北朝鮮との意識の食い違いに苛つきを覚え、弱者への暴力にのみ快感を求める軽佻浮薄の輩か、独立国家の国民としての矜持を持たず、他国への媚諛と自衛自存の放棄を当然のように唱える腑抜けばかりです。
拉致問題は愛国心とは全く関係ないところで議論されているような気がします。
自分には、横田めぐみさんの拉致当時と同じ年齢の子供がいます。自分の愚息を見ながら、横田夫妻のお気持ちを考えると、自分のような人間でも本当に心が引き裂かれるような思いがします。そして、先日公表された、拉致直後に北朝鮮で撮られた横田めぐみさんの姿に衝撃を受けました。黒いジャンパースカートを着てソファに腰掛けている姿です。やや蒼く固い表情と、本当に不安に満ちた視線をカメラに向けていました。
この感覚は、愛国心ではなく、不条理に遭遇した被害者に対する同情と、犯罪者に対する義憤だと思います。
愛国心とは、同情や憤りで鼓舞する物ではなく、その感情を凌駕した上で、冷静にしかし誇りを持って高めていくべき物です。
長くなってしまいましたが、誤解を引き起こさないように付け加えさせてください。
最近zero氏とqpfkk359とが論争を行っていますが、自分はzero氏に賛同を多くしております。氏は愛国者です。
最後に、yotaroさん、今度は「三島由紀夫談義」にで盛り上がりましょう(笑)
ちなみに三島文学では「軽王子と衣通姫」が一番好きです。
では。
これは メッセージ 26645 (yotaro47j さん)への返信です.
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