ナハティガル殿となごやんの違い
投稿者: nagoyan_2shiki 投稿日時: 2003/08/23 13:52 投稿番号: [2610 / 44985]
>>ただ、今のままの朝鮮総連であるなら、悪しきものも良きものもともに滅びればいい。
>なんと厳しい見方、冷めた見方。
>発展性があるかないか判らない物にいつまでもしがみつくよりも
>ゼロからのスタートが良いとおっしゃりたいのですね。
わしが最も重視するのは国益じゃ。
わしの言う国益とは「自分が現実に自由、かつ平和で豊かな生活を享受することが第一」ということ。
この「自分」は政治的には「すべての日本国民」に敷衍できるが、在日朝鮮人は入っていない。在日朝鮮人には「すべての日本国民」と同様であることが「期待される」というレベルじゃ。
ここにナハティガル殿とわしの違いがある。
ナハティガル殿は実に親身に熱心になって在日朝鮮人との共生を考えておられる。
わしは常に自分が当事者ではないことを意識して冷静に共生を主張している。
ナハティガル殿は在日朝鮮人と向き合って話しあうのに対して、
わしは同じ方向を向いて話をしようとしている。
「同じ方向を向いて話をしよう」という態度は、実をいうとムネオ殿と近い。
(ただし、向いている方角が「現実」か「現実と理想」かの違いはある。)
この違いわかっていただけるだろうか?
これは メッセージ 2580 (sonfan512 さん)への返信です.
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