孫文の限界
投稿者: utukesai03 投稿日時: 2004/12/07 03:03 投稿番号: [25654 / 44985]
>五族協和はある意味「大アジア主義」の一つの花ではあるが、
>実を結ぶ前に枯れてしまった。
ナゴヤン殿、違うと考えます。
清を倒した時点で、無理矢理その領域を一つに纏めようとしたのが間違い!
分かれるべき者は分けた上で、安定してから、言われるべき事を無理矢理実行しようとした。
中国人の大中華主義の限界にすら気が付くく事が出来なかった、孫文の限界が騙らせた詭弁。
だが、其の詭弁自体は、前提を書いたきれい事だけに一人歩きをしてしまったのが、現実だった。
>ただ、それを惜しみ今でも「満州国の墓」に花を手向ける人は絶えることがない。
思えば一つの実験だったのだろう。
他民族の、他人種の協力し合う理想国家。
物になりそうに成った、勿論矛盾はあったろう。
しかし、其れも時間が解決、自分で解決していけそうな方向に、動き出させる可能性を見た国だったと思う。
建前であっても、其の建前を守らざる終えなくしてしまえば、実情に変わるのだから。
これは メッセージ 25649 (nagoyan_2shiki さん)への返信です.
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