ヨタローさん【非全般的】
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/11/20 20:23 投稿番号: [25183 / 44985]
こんばんは。
ぽつぽつと年末にむけて歩んでいます。
>あっちに揺れこっちに揺れ悩ましいです。
>私は金正日のバカヤロ〜と叫んでるだけなのかも知れません。
私は、信念を持つという強さより、迷うことの誠実さのほうがはるかに好きです。だから、ここまで自分を対象化してご覧になっているヨタローさんに敬意を感じています。(お世辞じゃないですよン)
ただ、誰かがいつか、「決断」はしなければなりません。悲しいかな、間違った決断さえも決断をしないでいるよりはまし、ということさえもこの世にはあります。
そして、その「決断」をする人がなにに頼って決断する人かがその成否を決め、その成否を国民自らが背負わなければならないのでしょう。
私たちはいつか、
>「観念」の残酷さ
を、自らのこととして背負わなければならないのかもしれませんね。ロシアをはじめとする旧共産主義の諸国民がいやというほど思い知ったように。
そして、それに対する決済を自分自身でつけた、という点はともかくも評価すべきなのでしょう。
私は、同じことを北朝鮮国民自身につけてほしいと願ってます。(朝鮮系の在日が、という意味ではありません。彼らの先代は、少なくとも日本にやってくるという決断を「自ら」つけたのですから)それこそが、「解放」という東風の本質なのではないでしょうか?
あるいはそれすらも、「観念」に過ぎないのでしょうか?
私自身も、迷いながら手探りしています。誰のどういう決断を支持するか、という自分自身の「決断」へむけて。
それでは、失礼致します。
これは メッセージ 25133 (yotaro47j さん)への返信です.
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