他人に迷惑をかけないという緊縛
投稿者: yotaro47j 投稿日時: 2004/11/08 09:53 投稿番号: [24724 / 44985]
これはヒューマン殿提出の問題ですが、日本と韓国の香田さん事件への反応を思いました。
これについて、ヒューマン殿が「迷惑とは何か?」という朝鮮日報の記事を引用していた。
日本人的?感性と韓国の感性のぶつかった文だった。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/11/02/20041102000039.html「日本人は本心をあかさない、やせ我慢している。我々朝鮮民族は我慢はしない、殺されるのは怖いからわめきたてることが自然である」というものだった。
日本人の「他人に迷惑をかけない」という道徳律についての異義であるわけだけど、日本人の「迷惑」についての観念を誤解している。
人は他者に迷惑をかけて生きていかねばならない、それを逆用して権利ばかり主張する者がいるから、気をつけよう反省しようという謙虚な意見であるということが分かっていない。
人は他者に迷惑をかけて生きていかざるを得ない、しかしそれが当然のことのように思えば人は堕落するという知恵が入っているのだ。ただ、あまり「迷惑をかけちゃいけない」と思い過ぎるのも緊縛になり思考をさまたける欠陥はある。そこの所を自覚して、反省の上に「迷惑」という言葉が生きている。
これが、朝鮮日報は分かって無い。実に、浅い考えしかない。
クリスチャンだった香田さんはこの日本人の心を確かに持っていたと私は思いたい。
また、クリスチャンであった香田さんはいわゆる「ミッション」を自分の心の中にかかえていたと見るべきだろう。たとえそれが、まだ形をなしていないものだったとしても。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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