choiさん(1)
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/10/01 17:50 投稿番号: [22609 / 44985]
こんにちは。
>認識論の論争も終わりを告げて、ここもようやく落ち着いて来ましたね。
ところが、今度は攻守立場を変えまして、先日までわたくしのことを「在日」認識しておられたかたがほかのかたから「在日」とされておられます。これは、この種の掲示板の永遠の病なのでしょうか。いかに馬鹿馬鹿しい行為かが、それぞれにわかっていただければよろしいのですが。
>リラさんの朝鮮史に関する考察を読みました。
正確には、わたくしはあれではまだ助手です。ただ論の進めかたはわかりましたので、次の「高麗考」は自分で取り組んでみたいと思っておりますが。
>陸女史の件ですが、伝記物をお探しなのでしょうか?
はい、もし日本語で書かれたもので適当な本がありましたら。
>陸女史の暗殺事件当時、ソウルに居たので
すが、在日は大変でしたよ。
そうでしょうね。察しがつきます。
実は昔、やはり当時ソウルにいた日本人の牧師がいきなり「おまえは日本人か」と聞かれ、殴りかかられたという話を聞かされました。
陸女史に関しては、悪い評判を聞いたことがございません。むしろ、作家の曽野綾子女史と協力しハンセン氏病問題に取り組まれたとか、帰国された李方子妃をなにかと援助されたとか、そういうエピソードしか知らないのです。
さて、
http://www.educ.kyoto-u.ac.jp/~koma/mission.html
と、
http://www.meijigakuin.ac.jp/~ackj/files/kimyh.pdf
一読させていただきました。
まず、「文明化の使命 (civilising mission)」のほうですが、プロテスタンティズムのなかでもスコットランドの長老派教会がいかなる役割を世界史に果たしたのかの新たな視点を頂戴しました。
私はフランス革命期までのキリスト教史にしかくわしくなく、その点で知識の補填になりました。そして、フランス革命後もいかにキリスト教が世界史に影響を及ぼしたかを思い知らされました。ここにもまた、キリスト教の暗と明があるように思います。
伊藤博文がキリスト教に代わる精神的支柱として天皇制を採用したことは存じておりましたが、
>伊藤は議長として西洋では宗教が国家の「機軸」として人心を統1し、憲政を支えてきたことを強調し、これに対して日本では頼るべき既成宗教がなく、仏教は「衰替」し、神道は「宗教トシテ人心ヲ帰向セシムルノ力ニ乏シ」い以上、「機軸」とすべきは「独リ皇室アルノミ」と述べている70)。政治体制としてはドイツ流の君権主義を模倣したこととあわせて、西洋近代文明受容に際しての取捨選択の原理がここにはよく表れている。「機軸」は必要だったが、キリスト教は排除されねばならなかったのである。
明治憲法と教育勅語により明確な輪郭を与えられた近代天皇制の成立過程についてはこれまでにもたびたび論じられてきた。本稿で改めて確認しておきたいことは、天皇をめぐる意匠の復古的な装いにも関わらず、それは基本的に文明の秩序への適応として必要とされたということである。「万世1系」の「伝統」を虚構することでキリスト教への対立物という性格も明確にされたが、同時に、文明世界の「同情」を買うために疑似宗教的な性格は覆い隠された。「文明開化の先導者」としての天皇イメージは、富国強兵という文明化のプロジェクトに向けて民衆意識を動員する役割を期待されていた。そして、「文明」の「野蛮」に対する戦いとして宣伝された日清戦争の勝利、台湾という「戦利品」の獲得が「新興宗教」の「現世利益」の周知徹底に役立った。しかし、本質的に西洋近代文明への防衛的な対応として形成されたこの疑似宗教は、キリスト教とは異なり、植民地の住民をアグレッシブに従属化させていく手段としては非適合的な性格を持っていた。そこに近代日本の植民地主義独特の困難が生じてくることになるのである。
とまで明晰に分析してくれている文章ははじめて目にしました。
ありがとうございました。
この論文を通じて思い出しますのは、『玄奘西域記』なる少女マンガのあるセリフでございます。
玄奘三蔵がハルシャヴァルダナ王から援助を受けて帰国する際に、王が玄奘に言うせりふでございます。
「しかし権力者の『保護』とは『保護』ではない。そなたも気づいたとおり心せねば足元すくわれる『戦』なのじゃ!! おもねる必要はない。しかし常に大局を見、先手を取られぬよう権力者とつきあうのじゃ。そうしてはじめて政治利用されない訳教の道も開けよう。――肝に銘じよ!」
私は、名言と思ってお
>認識論の論争も終わりを告げて、ここもようやく落ち着いて来ましたね。
ところが、今度は攻守立場を変えまして、先日までわたくしのことを「在日」認識しておられたかたがほかのかたから「在日」とされておられます。これは、この種の掲示板の永遠の病なのでしょうか。いかに馬鹿馬鹿しい行為かが、それぞれにわかっていただければよろしいのですが。
>リラさんの朝鮮史に関する考察を読みました。
正確には、わたくしはあれではまだ助手です。ただ論の進めかたはわかりましたので、次の「高麗考」は自分で取り組んでみたいと思っておりますが。
>陸女史の件ですが、伝記物をお探しなのでしょうか?
はい、もし日本語で書かれたもので適当な本がありましたら。
>陸女史の暗殺事件当時、ソウルに居たので
すが、在日は大変でしたよ。
そうでしょうね。察しがつきます。
実は昔、やはり当時ソウルにいた日本人の牧師がいきなり「おまえは日本人か」と聞かれ、殴りかかられたという話を聞かされました。
陸女史に関しては、悪い評判を聞いたことがございません。むしろ、作家の曽野綾子女史と協力しハンセン氏病問題に取り組まれたとか、帰国された李方子妃をなにかと援助されたとか、そういうエピソードしか知らないのです。
さて、
http://www.educ.kyoto-u.ac.jp/~koma/mission.html
と、
http://www.meijigakuin.ac.jp/~ackj/files/kimyh.pdf
一読させていただきました。
まず、「文明化の使命 (civilising mission)」のほうですが、プロテスタンティズムのなかでもスコットランドの長老派教会がいかなる役割を世界史に果たしたのかの新たな視点を頂戴しました。
私はフランス革命期までのキリスト教史にしかくわしくなく、その点で知識の補填になりました。そして、フランス革命後もいかにキリスト教が世界史に影響を及ぼしたかを思い知らされました。ここにもまた、キリスト教の暗と明があるように思います。
伊藤博文がキリスト教に代わる精神的支柱として天皇制を採用したことは存じておりましたが、
>伊藤は議長として西洋では宗教が国家の「機軸」として人心を統1し、憲政を支えてきたことを強調し、これに対して日本では頼るべき既成宗教がなく、仏教は「衰替」し、神道は「宗教トシテ人心ヲ帰向セシムルノ力ニ乏シ」い以上、「機軸」とすべきは「独リ皇室アルノミ」と述べている70)。政治体制としてはドイツ流の君権主義を模倣したこととあわせて、西洋近代文明受容に際しての取捨選択の原理がここにはよく表れている。「機軸」は必要だったが、キリスト教は排除されねばならなかったのである。
明治憲法と教育勅語により明確な輪郭を与えられた近代天皇制の成立過程についてはこれまでにもたびたび論じられてきた。本稿で改めて確認しておきたいことは、天皇をめぐる意匠の復古的な装いにも関わらず、それは基本的に文明の秩序への適応として必要とされたということである。「万世1系」の「伝統」を虚構することでキリスト教への対立物という性格も明確にされたが、同時に、文明世界の「同情」を買うために疑似宗教的な性格は覆い隠された。「文明開化の先導者」としての天皇イメージは、富国強兵という文明化のプロジェクトに向けて民衆意識を動員する役割を期待されていた。そして、「文明」の「野蛮」に対する戦いとして宣伝された日清戦争の勝利、台湾という「戦利品」の獲得が「新興宗教」の「現世利益」の周知徹底に役立った。しかし、本質的に西洋近代文明への防衛的な対応として形成されたこの疑似宗教は、キリスト教とは異なり、植民地の住民をアグレッシブに従属化させていく手段としては非適合的な性格を持っていた。そこに近代日本の植民地主義独特の困難が生じてくることになるのである。
とまで明晰に分析してくれている文章ははじめて目にしました。
ありがとうございました。
この論文を通じて思い出しますのは、『玄奘西域記』なる少女マンガのあるセリフでございます。
玄奘三蔵がハルシャヴァルダナ王から援助を受けて帰国する際に、王が玄奘に言うせりふでございます。
「しかし権力者の『保護』とは『保護』ではない。そなたも気づいたとおり心せねば足元すくわれる『戦』なのじゃ!! おもねる必要はない。しかし常に大局を見、先手を取られぬよう権力者とつきあうのじゃ。そうしてはじめて政治利用されない訳教の道も開けよう。――肝に銘じよ!」
私は、名言と思ってお
これは メッセージ 22578 (choiboomyoung さん)への返信です.
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