問題の提起。
投稿者: sophism04 投稿日時: 2004/10/01 16:48 投稿番号: [22600 / 44985]
参考
1−明治憲法には「天皇が主権者である」という旨の明文の規定はない。
しかし、伊藤博文が憲法の条文注釈書として著した「憲法義解」の明治憲法第4条(天皇は国政を総覧し、この憲法の条規に従って行使するという旨の条文)の項には
「国政を総覧」は「主権の体」、「この憲法の条規に従って行使する」は「主権の用」である。「体」あって「用」がなければ専制になり、「用」あって「体」なければ散漫に失う。
2−。法原理としての「国体と政体」区別論が、ドイツでも主流ではなかったこと、しかし、明治憲法下では、「国体」が天皇制を法概念以上のものとして正当化。天皇制と国務大臣との関係を特色づける「輔弼」行為と、西欧の「副署」との原理的差異。官吏の地位に於ける、特殊な人的関係にある「官吏服務紀律」の特殊性。明治政府は西欧の受容において、近代立憲主義の本質的な部分を意図的に放擲。
3−、「統帥権の独立」と「議員内閣制が義務付けられていないこと」が、明治憲法においては、かなり「憲法解釈でどうにでもなる」条文(「統帥権」の定義は憲法上なされておらず、内閣という語に至っては明治憲法の条文にも出てこない)。
4−英国も(過去の歴史的経緯を積み重ねた不文憲法なるが故に)主権者は国王であると言うことも可能。そして、現実における国民主権との整合を図るために「議会主権」や「議会における国王」が主権を行使するとも言われ、「国王が主権者ではないとは言えない」という状況。誤解を恐れず極めて単純化すれば、英国においては名目的には君主主権、実質的に国民主権。
責任の所在は何処に?
これは メッセージ 22591 (suisenyukikaze さん)への返信です.
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