依存という屈辱
投稿者: clionomiko 投稿日時: 2004/09/25 20:12 投稿番号: [22150 / 44985]
数年まえ、『日本はない』(邦題『悲しい日本人』)という本が韓国で大ヒットした。著者は、田麗玉という日本で暮らしたこともある女性ジャーナリストだった。(現在はハンナラ党のスポークスウーマン)
ここで描かれている日本人は、さながら怪物だ。
http://japanese.joins.com/html/2003/0305/20030305200820700.html
さて、私の目には、このカテゴリーの某トピで交わされているレスの類は、この田麗玉氏の著作を日本と韓国の立場を逆にしただけの、合わせ鏡のようにそっくりな内容に思える。
どちらも、相手国の欠点を「怪物」ででもあるかのように拡大し、それを批判できる自分に陶酔しているという点で瓜二つだ。
私は、韓国に対しても、北朝鮮に対しても、中国に対しても、在日諸氏に対しても、そしてわが国に対しても、これまでかなり厳しいことを言ってきた。それに対する批判・反発も頂戴したし、納得できる部分では自分の主張を引っ込め、納得できなけえばさらに反論をつづけた。
なぜ私は、このような態度をつづけるのか。それはたった一つ。自分が批判している相手に実は依存しているという、人間としてもっとも屈辱的な行為に同調するのはまっぴらごめんだからだ。
以上。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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