与太郎さんゑ〜
投稿者: worst_human83 投稿日時: 2004/06/09 23:15 投稿番号: [19129 / 44985]
おばんでがす。
>いい言葉だなー。イメージが広がる。昔は正義の味方が明確にいたけど、今は相対の世で曖昧になった。
>悪と善が相対的になったから、正義という言葉が法律の話になっちゃったりするのだな。
>考えさせられます。
昔は正義の味方が明確にいた・・・しかしそれとても、大衆の求める理想という姿に包まれた姿でしかなかったわけです。そう考えると、本当の正義ってのはないのかもしれません。強いてあげるなら、「モラル」が正義なのかも。
正義という、人の心の琴線に触れやすく時に暴走させていくファクターを、無味乾燥の法律用語に代えられてしまうのはあまり好きじゃないです^^;
>同感です。
同感ですかい!?
>私は蓋をあけたら、いろいろ言いたいことはあるけど、ただの助平だったのかもしれない^^;
>独善というのも、その考え自体が闇なのかもしれません。教育のあるなしに関わらず、人の独善は生命の自己保存なのかもしれない。うちの、老人のお百姓さんの中にも独善者がいるのですが、まいっちゃうけど、憎めない。
ただの助平でもいいじゃないですか^^
独善という考えが闇か光か・・・?それは誰にも分からないだと思います。闇というのも光というのも、他を圧してしまうほどの「色」です。真っ白な闇や、真っ黒な光。そういった考えで突き詰めていくと、前に書いた、
>自己の闇を解放する事で、良い方に転ぶ人もいれば、悪いほうに転ぶ人もいるわけで・・・
になるわけです、俺の場合ねw
>おまえは共感過多症で死んだ。
>
悪い病気にかかったものさ
>
そして今、芝草の下に寝ているわけだ。
共感、それは人に許された最高の他人理解の方法だと思います。しかし共感し過ぎてしまえば、自我の存在が揺らぎ、曖昧になってしまう。なんとも難しいものですね〜。
これは メッセージ 19084 (yotaro47j さん)への返信です.
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