ヨタロウさん(感謝をこめて)
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/06/07 17:08 投稿番号: [19079 / 44985]
こんにちは。
> 犬(人)は尻尾(富)を振ります、尻尾(富)は犬(人)を振ることはできないのか?
たしかに尻尾が犬を振ったら、どこかオカシイ・・・
すばらしく適確なたとえですね。ピッタリイメージが湧きます。
たしかに、尻尾に振られる犬というのはこっけいで、でもありがちなことですもの。イエスも言いましたし。
「金持ちが天国に行くのは、ラクダが針の穴を通るよりも難しい」
って。
> 「人間はパンのみにて生きるにあらず」これは深刻な問題です。この真実の言葉が、なぜ繰り返し言われなければならないのか。
私は、19世紀以降の人口爆発と富の片寄りによる所が大きいと思う。
「富」は人間の尻尾のようなものでありますが、その尻尾が犬の身体を振り出した、というのが私の意見なのです。
私は、なぜその尻尾に犬のほうがそんなに価値を見出せるのかを考えないで、単純にそれが「富」だからという理由だけでは片付かないような気がするんです。お金があるとどんないいことがあるのか?
・簡単に物欲が満たせる。
・金銭を得るために苦しい労働をしなくてもよくなり、より楽な生活が営める。
・お金で自分に付加価値がつけられる。その結果、他者の尊敬(まがいものですけどね)が得られ、欲求を感じた異性でさえも自由に扱える(かのような錯覚を維持できる)。
・それを持っていない他者への影響力を強め、権力への道が開く。
……
下にいけばいくほど、それはもう富そのものではなく、自己のプライドの問題のような気がする。そうすると、結局人間が求めているのは富自体ではなく、他者に尊敬され影響力を振るいたい(=他者から認められたい)という自己承認欲のような気がしてくるんです。
> 単純に二つに分けたことが、リラさんの神経に触れたかもしれません。お許しください。
どうして誤ったりなさるの? 私がヨタロウさんをお許しすることなんて一つもありません。むしろ、こんな小難しい理屈を並べ立てる女に誠実に付き合ってくださって、感謝しているのです。
> あの、「人間はパンのみにて生きるにあらず」ということを実践することが、彼等の新しさであり、美であり、思想であったと私は思うわけです。ゴッホとか、ドビッシーとか、いろいろいますね。
リラさん風にいうと5000年前と同じ事を「彼等は意識的にやった」と思うのです、ここが悲劇ですが。
やっとおっしゃりたかった意味がわかりました。ありがとう。
そうですね。5000年前と同じことを「新しいこと」としてやらなければならなかった、というか、ことさら「新しいこと」ととらえざるを得ない時代の空気があった、それは大きな悲劇ですね。
> 私のは、金正日は許せん!という社会主義への意見でしかありません。
私にも心の表面ではいろいろな怒りが彼に対してあるのですが、深く探っていくと彼にはみじめさしか感じていないのではないかと、自分を振り返ります。
先ほど、人間が求める最大のものは「自己承認」ではないかと思うと書きましたが、彼もまた「自己承認」を得られないまま、その場の快楽(権力欲、物欲、性欲etc.)で自分をごまかしているような気がしてなりません。ですが、おそらく彼の周りには、その彼のもがきとあきらめと自他への憎しみを利用して自分たちの利権をあさっている連中がいるはずです。北朝鮮への批判者は、彼一人に怒りを集中させすぎるのは危険だと思うんですよ。真に批判すべきは、北朝鮮の統治機構というシステムのような気がするので。
>『ヘロディア』は小説で読みたいですね、フレームは分かったような気がします。
たしかに、あそこで書いたことはフレームですからね。ヘロディアというか、むしろ娘のサロメを扱った小説としては、やはり三田誠広さんの『地に火を放つ者』をお勧めしたいです。イエス・キリストを扱った作品ですが、サロメは主要登場人物の1人です。なんといっても、聖母マリアの描きかたが最高です。私が今まで読んだ中では、三田氏のマリアが心底納得させられるキャラでした。
それでは。
またよろしく。
> 犬(人)は尻尾(富)を振ります、尻尾(富)は犬(人)を振ることはできないのか?
たしかに尻尾が犬を振ったら、どこかオカシイ・・・
すばらしく適確なたとえですね。ピッタリイメージが湧きます。
たしかに、尻尾に振られる犬というのはこっけいで、でもありがちなことですもの。イエスも言いましたし。
「金持ちが天国に行くのは、ラクダが針の穴を通るよりも難しい」
って。
> 「人間はパンのみにて生きるにあらず」これは深刻な問題です。この真実の言葉が、なぜ繰り返し言われなければならないのか。
私は、19世紀以降の人口爆発と富の片寄りによる所が大きいと思う。
「富」は人間の尻尾のようなものでありますが、その尻尾が犬の身体を振り出した、というのが私の意見なのです。
私は、なぜその尻尾に犬のほうがそんなに価値を見出せるのかを考えないで、単純にそれが「富」だからという理由だけでは片付かないような気がするんです。お金があるとどんないいことがあるのか?
・簡単に物欲が満たせる。
・金銭を得るために苦しい労働をしなくてもよくなり、より楽な生活が営める。
・お金で自分に付加価値がつけられる。その結果、他者の尊敬(まがいものですけどね)が得られ、欲求を感じた異性でさえも自由に扱える(かのような錯覚を維持できる)。
・それを持っていない他者への影響力を強め、権力への道が開く。
……
下にいけばいくほど、それはもう富そのものではなく、自己のプライドの問題のような気がする。そうすると、結局人間が求めているのは富自体ではなく、他者に尊敬され影響力を振るいたい(=他者から認められたい)という自己承認欲のような気がしてくるんです。
> 単純に二つに分けたことが、リラさんの神経に触れたかもしれません。お許しください。
どうして誤ったりなさるの? 私がヨタロウさんをお許しすることなんて一つもありません。むしろ、こんな小難しい理屈を並べ立てる女に誠実に付き合ってくださって、感謝しているのです。
> あの、「人間はパンのみにて生きるにあらず」ということを実践することが、彼等の新しさであり、美であり、思想であったと私は思うわけです。ゴッホとか、ドビッシーとか、いろいろいますね。
リラさん風にいうと5000年前と同じ事を「彼等は意識的にやった」と思うのです、ここが悲劇ですが。
やっとおっしゃりたかった意味がわかりました。ありがとう。
そうですね。5000年前と同じことを「新しいこと」としてやらなければならなかった、というか、ことさら「新しいこと」ととらえざるを得ない時代の空気があった、それは大きな悲劇ですね。
> 私のは、金正日は許せん!という社会主義への意見でしかありません。
私にも心の表面ではいろいろな怒りが彼に対してあるのですが、深く探っていくと彼にはみじめさしか感じていないのではないかと、自分を振り返ります。
先ほど、人間が求める最大のものは「自己承認」ではないかと思うと書きましたが、彼もまた「自己承認」を得られないまま、その場の快楽(権力欲、物欲、性欲etc.)で自分をごまかしているような気がしてなりません。ですが、おそらく彼の周りには、その彼のもがきとあきらめと自他への憎しみを利用して自分たちの利権をあさっている連中がいるはずです。北朝鮮への批判者は、彼一人に怒りを集中させすぎるのは危険だと思うんですよ。真に批判すべきは、北朝鮮の統治機構というシステムのような気がするので。
>『ヘロディア』は小説で読みたいですね、フレームは分かったような気がします。
たしかに、あそこで書いたことはフレームですからね。ヘロディアというか、むしろ娘のサロメを扱った小説としては、やはり三田誠広さんの『地に火を放つ者』をお勧めしたいです。イエス・キリストを扱った作品ですが、サロメは主要登場人物の1人です。なんといっても、聖母マリアの描きかたが最高です。私が今まで読んだ中では、三田氏のマリアが心底納得させられるキャラでした。
それでは。
またよろしく。
これは メッセージ 19039 (yotaro47j さん)への返信です.
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