自然な自信
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/05/16 22:48 投稿番号: [18016 / 44985]
最近つくづく、人間とはこんなにも自然な自信を持つことが難しい生き物なのかと思う。
誰しもが、論理的に万人を納得させることは困難な要素を抱えているはずだ。○○という国籍や民族に生まれながら、本人のアイデンティティがそれと一致していないという立場はその最たるものだろう。
そういう立場を出発点として背負った人は、どうしても合理的でも論理的でもない部分を人生に抱え込んだ上で、苦闘していかねばならない。
そして、その過程にある人を見て、他者は時に非合理的だと思ったり、非論理的だと思ったりする。
そう思うことそのものは、ことさら不思議なことではない。そこには、やっぱり、非合理的な事柄、非論理的な事柄が存在するのだから。だが、その非合理的だったり、非論理的だったりする生きかたに対し、他者が自分の苛立ちを見境なくぶつけることは品格のあることだろうか?
ましてそれに自分を結び付け、自分の倫理的優越感として相手を批判・非難することは?
自分は正しいことを知っている/それに基づいた言動を行っている、それにくらべて、だれそれは自分の正論を認める能力がないor倫理的に劣っている……などと、ことさら言い続けずにはいられない人というのは、実は、自分の考えかたに自然な自信を持つことができない人なのではないか、と思う。
自然な自信を持っている人は、ことさらに他人をあげつらわなくても自分の主張を淡々と述べることができる。それだけで、聞く人々の多くを納得させることができる。私は、それができる人たちを、数多くはないが知っている。
そのような人たちに遠く及ばない自分を省みながら、自分を甘やかす道へと逃げ込まないよう自省していきたい。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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