サンデーさん
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/05/13 23:17 投稿番号: [17898 / 44985]
こんばんは。
>チャゲ&飛鳥のコンサートツアーには毎回それぞれに「テーマ」があります。
今回のツアーテーマ、それは「人」です。
(過去のテーマであったのは「PRIDO」「NOT AT ALL」等です)
"not at all"は、「少しも〜ではない」ですね。
チャゲアスのコンサートって、メッセージ性が高いものなんですね。教えてくださってありがとう。
>>蓮池・地村両ご夫妻や曽我ひとみさんのお気持ちは、痛いくらいに察しがつきます。皆さん、もう限界でしょう。
>↑これは人としての意見でしょう?
私が前回言いたかったのはここですよ。
↑も人としての意見ですし、
>蓮池・地村ご夫妻や曽我ひとみさんに対しては、自分のこの気持ちは日本国民としてのエゴイズムだと思って気が重くなります。
の、「蓮池・地村ご夫妻や曽我ひとみさんに対して」「エゴイズム」を抱くのも人として、そしてそれに「気が重くな」るのも人として、です。
私が人として抱く感情は、すべてが「私が日本人として」ではありませんが、「私が日本人として」抱く感情は、すべて「私が人として」に含まれます。
「人として」⊃「日本人として」
ですね。
以前に2人で論じ合った「怪我を負っている子供を見かけたらどう思うか」の例をもう1度持ち出させてください。
もしその場所が現在のイラク(ファルージャとか)で、怪我を負っている子供が明らかに武器を持っていて、私が米兵で、そしてその子供と同じ年頃の子供を持っているとしたら……
ひょっとしたら、私は、自分が同じ年頃の子供を持つ親だからこそ、引き金を引いてその子供を撃つかもしれないと思うのです。自分達がいかに残虐なことをやっているか自覚しているからこそ、そういう残虐な仕打ちを受けた子供がアメリカを憎み、その子が大人になって自分の子供が働いているビルに飛行機を突っ込ませるようなことをするかもしれない、という思いが頭をよぎることもあり得る。だったら、わが子を危険にさらす可能性がある人間を1人でも減らしたい、と思って同じ年頃の子供を撃つ親としての心情、それもまた、私にとっては、「痛いくらいに、人としての感情」なのです。
>>各国の政治家や外交官達が、「こうすれば相手にも○○という印象を与えるに違いない」と思ってそういうポーズを取っても、相手はぜんぜんピンと来ていなかった、ということもあるんじゃないかなって思う。
>話題の最後に政治を結び付けてしまっていたからかもしれません
上の例を出したのは、一つにはアメリカとイスラム過激派のいがみ合いを見ていて思ったことがあるからでした。
彼らはお互い、「こうすれば相手がぎょっとなってひるむだろう」と思って、過激なことを仕掛け合っている。でも、それぞれ相手がこう思うに違いない、という部分が完全にすれ違い、自分の思惑通りに相手が思っていないというところに気がつかないでいるような気がしてならないのです。
そして、同じことは北朝鮮と日本の間にも今起こっているかもしれないという気がします。双方が示しあっているブラフが、実は完全にすれ違っているのではないか、と思ったりします。
>日本人だからって必ずしも歌舞伎が好きだとは限りませんよね。
「カブキファントシテ、ニホンジンニハマケマセン」と言う外国人がいるかもしれませんよ。
某会津藩士なんか、
「韓国の女優さんって、綺麗な人が多いなあ」
とか、目じりをデレデレしていますしねぇ。(フン、チャン・ドンゴンはカッコイイぞ!)
>「スポーツ・芸術こそ他国を好きになる一つのきっかけだと思ってる。」と申しました。
「好きになれる」ことからまずはじめていけたらいいですよねぇ。うん、そう思います。
>では・・・外は大雨です。。。
こっちも降り始めました。
明日はやむといいですね。
それでは。
>チャゲ&飛鳥のコンサートツアーには毎回それぞれに「テーマ」があります。
今回のツアーテーマ、それは「人」です。
(過去のテーマであったのは「PRIDO」「NOT AT ALL」等です)
"not at all"は、「少しも〜ではない」ですね。
チャゲアスのコンサートって、メッセージ性が高いものなんですね。教えてくださってありがとう。
>>蓮池・地村両ご夫妻や曽我ひとみさんのお気持ちは、痛いくらいに察しがつきます。皆さん、もう限界でしょう。
>↑これは人としての意見でしょう?
私が前回言いたかったのはここですよ。
↑も人としての意見ですし、
>蓮池・地村ご夫妻や曽我ひとみさんに対しては、自分のこの気持ちは日本国民としてのエゴイズムだと思って気が重くなります。
の、「蓮池・地村ご夫妻や曽我ひとみさんに対して」「エゴイズム」を抱くのも人として、そしてそれに「気が重くな」るのも人として、です。
私が人として抱く感情は、すべてが「私が日本人として」ではありませんが、「私が日本人として」抱く感情は、すべて「私が人として」に含まれます。
「人として」⊃「日本人として」
ですね。
以前に2人で論じ合った「怪我を負っている子供を見かけたらどう思うか」の例をもう1度持ち出させてください。
もしその場所が現在のイラク(ファルージャとか)で、怪我を負っている子供が明らかに武器を持っていて、私が米兵で、そしてその子供と同じ年頃の子供を持っているとしたら……
ひょっとしたら、私は、自分が同じ年頃の子供を持つ親だからこそ、引き金を引いてその子供を撃つかもしれないと思うのです。自分達がいかに残虐なことをやっているか自覚しているからこそ、そういう残虐な仕打ちを受けた子供がアメリカを憎み、その子が大人になって自分の子供が働いているビルに飛行機を突っ込ませるようなことをするかもしれない、という思いが頭をよぎることもあり得る。だったら、わが子を危険にさらす可能性がある人間を1人でも減らしたい、と思って同じ年頃の子供を撃つ親としての心情、それもまた、私にとっては、「痛いくらいに、人としての感情」なのです。
>>各国の政治家や外交官達が、「こうすれば相手にも○○という印象を与えるに違いない」と思ってそういうポーズを取っても、相手はぜんぜんピンと来ていなかった、ということもあるんじゃないかなって思う。
>話題の最後に政治を結び付けてしまっていたからかもしれません
上の例を出したのは、一つにはアメリカとイスラム過激派のいがみ合いを見ていて思ったことがあるからでした。
彼らはお互い、「こうすれば相手がぎょっとなってひるむだろう」と思って、過激なことを仕掛け合っている。でも、それぞれ相手がこう思うに違いない、という部分が完全にすれ違い、自分の思惑通りに相手が思っていないというところに気がつかないでいるような気がしてならないのです。
そして、同じことは北朝鮮と日本の間にも今起こっているかもしれないという気がします。双方が示しあっているブラフが、実は完全にすれ違っているのではないか、と思ったりします。
>日本人だからって必ずしも歌舞伎が好きだとは限りませんよね。
「カブキファントシテ、ニホンジンニハマケマセン」と言う外国人がいるかもしれませんよ。
某会津藩士なんか、
「韓国の女優さんって、綺麗な人が多いなあ」
とか、目じりをデレデレしていますしねぇ。(フン、チャン・ドンゴンはカッコイイぞ!)
>「スポーツ・芸術こそ他国を好きになる一つのきっかけだと思ってる。」と申しました。
「好きになれる」ことからまずはじめていけたらいいですよねぇ。うん、そう思います。
>では・・・外は大雨です。。。
こっちも降り始めました。
明日はやむといいですね。
それでは。
これは メッセージ 17869 (sunday7227 さん)への返信です.
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