サンデーさん
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/03/24 21:27 投稿番号: [15470 / 44985]
ようやく来れました。
こんばんは。
>当時私は偏差値がちょっぴり高い高校へ通っていたのですが、学生の半分はパーマ(聖子ちゃんカット)に太い足を隠す為のロングスカートが流行で・・・^^;
サンデーさんの学校って、自由度高かったんですね。私が行っていたところでは、月1回は服装検査があって、
先生:「なんだ、その髪は! パーマか!」
生徒:「天然です」
先生:「だったら、髪ぬらして来い。本当かどうか確かめる!」
または、
先生:「その唇の色はなんだ!」
生徒:「リップクリームです。私、口荒れやすいんです」
先生、じろりと白い目〜
という感じだったので、つい、「サンデーさんってば……」と、思っちゃいました。
>本当の不良は、タバコするわ、シン○ーするわ、紫の口紅塗るわ、蜂の巣みたいなパーマするわ、不純○○行為するわ、ってなもんです。
ここまでさかんにボーイズネタを振ってきた私としては、やっぱこれを言わんといかんでしょう。
「○○同性交遊」
(先日最終回だった『白い巨塔』の財前臨終シーンを見て、「財前と里見って、じつはそういう仲だったって描きたいの?」とか、ヨコシマなことを考えていたら、おんなじことを投稿している人がテレビカテにいたので、「やっぱりそう思う人いるんだ〜」と思っちまいましたよ)
>>でも、「ブリッコ」って、もはや死語なのネェ。懐かしい響きだ。
>うんうん!確かに死語。
でもその響きがまた新鮮かも^^;
「ブリッコ」も「キャピキャピ」も死語なんですよねぇ。今、「目が点になる」とか言うんですかね?
>でも、もっともっと視野を広げて見てみるといろんな「気付き」がありました。
私にとって少数派の日本人はあまり眼中に無かったのですが、その少数派こそ尊重しなければ前には進めないと痛感しています。
>「私にとって」です。
これは私の勝手な心のものさしで、実際は何が少数派で何が多数派かはわかりません。
統計としてはっきしとした数値が出ていませんしね
わかります。サンデーさんの「皮膚感覚」でおっしゃったのだと思いました。
私は今、今まで言ってきたこととは少し視点を変えて考えてみようと思いはじめています。
これまでは、「歴史は、個々人の切実な思いを押し流して流れていくもの」という感じでとらえていました。15257番で掲載した文章のあの感じですね。それが変ったわけではありませんが、もう一つの側面もかなり大切なのではないか、と思うようになっています。それは、「歴史は人と人とを出会わせるものでもある」ということです。日朝の絡み合い折れ曲がった歴史があったからこそ、私とサンデーさんという、1年前にはなんの関係もなかった二人の人間が出会い、言葉を交わし、二人ともがいつの日か直接会って話したいと思うようになっている。それは、ささやかかもしれないけれどなにか意味があることのような気がする……
ずっとサンデーさんとお話したり、カミノテさんと直接お目にかかったり、吉吾さんからレスをいただいたりしていくうちに生まれた、新たな視点なのでしょう。
それではまた・・・ですの。
こんばんは。
>当時私は偏差値がちょっぴり高い高校へ通っていたのですが、学生の半分はパーマ(聖子ちゃんカット)に太い足を隠す為のロングスカートが流行で・・・^^;
サンデーさんの学校って、自由度高かったんですね。私が行っていたところでは、月1回は服装検査があって、
先生:「なんだ、その髪は! パーマか!」
生徒:「天然です」
先生:「だったら、髪ぬらして来い。本当かどうか確かめる!」
または、
先生:「その唇の色はなんだ!」
生徒:「リップクリームです。私、口荒れやすいんです」
先生、じろりと白い目〜
という感じだったので、つい、「サンデーさんってば……」と、思っちゃいました。
>本当の不良は、タバコするわ、シン○ーするわ、紫の口紅塗るわ、蜂の巣みたいなパーマするわ、不純○○行為するわ、ってなもんです。
ここまでさかんにボーイズネタを振ってきた私としては、やっぱこれを言わんといかんでしょう。
「○○同性交遊」
(先日最終回だった『白い巨塔』の財前臨終シーンを見て、「財前と里見って、じつはそういう仲だったって描きたいの?」とか、ヨコシマなことを考えていたら、おんなじことを投稿している人がテレビカテにいたので、「やっぱりそう思う人いるんだ〜」と思っちまいましたよ)
>>でも、「ブリッコ」って、もはや死語なのネェ。懐かしい響きだ。
>うんうん!確かに死語。
でもその響きがまた新鮮かも^^;
「ブリッコ」も「キャピキャピ」も死語なんですよねぇ。今、「目が点になる」とか言うんですかね?
>でも、もっともっと視野を広げて見てみるといろんな「気付き」がありました。
私にとって少数派の日本人はあまり眼中に無かったのですが、その少数派こそ尊重しなければ前には進めないと痛感しています。
>「私にとって」です。
これは私の勝手な心のものさしで、実際は何が少数派で何が多数派かはわかりません。
統計としてはっきしとした数値が出ていませんしね
わかります。サンデーさんの「皮膚感覚」でおっしゃったのだと思いました。
私は今、今まで言ってきたこととは少し視点を変えて考えてみようと思いはじめています。
これまでは、「歴史は、個々人の切実な思いを押し流して流れていくもの」という感じでとらえていました。15257番で掲載した文章のあの感じですね。それが変ったわけではありませんが、もう一つの側面もかなり大切なのではないか、と思うようになっています。それは、「歴史は人と人とを出会わせるものでもある」ということです。日朝の絡み合い折れ曲がった歴史があったからこそ、私とサンデーさんという、1年前にはなんの関係もなかった二人の人間が出会い、言葉を交わし、二人ともがいつの日か直接会って話したいと思うようになっている。それは、ささやかかもしれないけれどなにか意味があることのような気がする……
ずっとサンデーさんとお話したり、カミノテさんと直接お目にかかったり、吉吾さんからレスをいただいたりしていくうちに生まれた、新たな視点なのでしょう。
それではまた・・・ですの。
これは メッセージ 15391 (sunday7227 さん)への返信です.
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