責難は成事にあらず
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/03/05 16:20 投稿番号: [14480 / 44985]
私ことlilasnosakukoroがこのトピに投稿するようになってから、まだ少ししか経っていません。ですが、すでに、北朝鮮の現指導者に対する否定的な言及もしていますし、韓国人の「反日」的な言動に対する不快感も表明しております。そしてなにより、韓国、北朝鮮双方を含む朝鮮半島の歴史そのものに対して、「かくして、李朝体制は、劣悪の度合いを増しながらも反乱を経験しないという、稀なる歴史を展開することとなったのであろう。」という文章を書いた人の共同作業者です。
そういう自分の立場をはっきりさせた上で申し上げます。
私は、「在日マンセー」とか「朝鮮マンセー」といった言葉が嫌いです。その言葉自体が、相手を揶揄する意味合いを含んでいるからです。当事者でない私が嫌悪感をもよおすのですから、その言葉をぶつけられたならば在日のかた達が反発なさるのは人間として当然だと思います。もちろん、言葉遣いは個人の自由です。ここはあくまでも掲示板ですし、わが国では表現の自由が保証されているのですから。ですが、自分が使った言葉の質に対しては責任を持ち、反発があれば正々堂々と反論もしくは撤回をすべきであって、「狭量だ」とか「自分に不利な話から目をそらすのは北朝鮮(朝鮮総連)と同じ態度だ」と話をすり替えるのは立派な態度とは思えません。
タイトルにしました「責難は成事にあらず」とは、小説家小野不由美さんの『華胥の幽夢』の中の言葉です。「他人を責めたり、非難したりすることは、自らがなにかを成すことではない」という意味です。私はつねづね、この言葉を、旧社会党や共産党の議員達(過去形も含む)やその支持者達の口に押し込んでやりたいと思っていました。ですが近ごろ、この言葉を胸にしっかりと納めるべきなのは、なにも彼らばかりではないという気持ちがしております。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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