>ちょっと待ってほしい
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/03/01 15:10 投稿番号: [14110 / 44985]
>nagoyan 2shikiさん
はじめまして。
リラと申します。
八重七重さんが非常に尊敬なさっているかたとして、以前からnagoyanさんのご発言は注意深く拝見していました。よろしくお願い致します。
以後は、なごやんさん(なごやん殿、のほうがもっとしっくり来ますね)と、お呼びさせてください。
>「反日」というのは未来永劫かわらない朝鮮のアイディンティティなのか?
わしはそうは思わない。
人も国も変わることができると思う。
そして変わるために話し合いという交流の場を持つべきと思う。
八重七重さんとの李王朝の考察をひとまずひとまとめした今、私は、なごやん殿がおっしゃる、
>「反日」というのは未来永劫かわらない朝鮮のアイディンティティなのか?
というご指摘に、ちょっぴり絶望的になっています。きっかけは、オランダ人のヘンドリック・ハメルが、17世紀後半に、
「かなり昔のこと、日本人がやって来て、彼等の王を殺し、町や村を焼き払ったり、破壊したりした時に云々」と書いているのを読んだことからです。19世紀後半に朝鮮半島を旅したイザベラ・バードもまた、「(仏教の)聖職者に対して過酷な法律が制定されたのは、三世紀前に日本が侵略してきたとき、日本人が仏教僧に変装して都に入る許可をもらい、守備隊を虐殺したからだと朝鮮人はいう。その真偽はいずれにせよ、朝鮮ではよほど探さねば仏教の形跡は見つけられない」と書いているのです。(ハメルが書いている「彼等の王を殺し」たとか、イザベラ・バードの、日本人の諜報活動のために朝鮮半島では仏教に制限をかけるようになった、というのは、ウソです。お坊さんに変装して日本人が暗躍した、ということ自体はひょっとしたらあったかもしれませんが、あまり信憑性を感じません。李朝下の朝鮮では、仏教はそれ以前から弾圧されていました。もちろん、秀吉が差し向けた日本軍は、朝鮮王や王子を殺したりはしていません)
そもそも、ハメルが以上の文言を書いたのは、秀吉軍の朝鮮侵攻よりも100近く後です。いわんや、イザベラ・バードの時代までは、300年も経っています。にもかかわらず、都合の悪いことは、延々日本人がしたことのせいにされているのです。これは朝鮮半島の人々の基本的メンタリティなのだろうかと、私は、溜息をつきながら思いました。
八重七重さんのほうは、朝鮮半島の全歴史を通じて「反日」が基本メンタリティであったわけではないことを証明したいという思いからも、李朝の考察に取り組んでおられるのではないか、と思っております。一方で、私自身は、現代との繋がりは一番の興味の中心ではありません。ですから、同じ資料を見ていても受け取ることは違うのもしばしばなのですが、この「反日意識」という点に関しては、私のほうが悲観的です。
次の作業として、まず高麗朝時代の朝鮮半島の調査に入ります。一方の立場では、高麗朝下では、「反日意識」は強くなかったとされています。(崔基鎬氏の立場です)ですがもう一方では、元寇の時に見られるような、かなり高圧的な意識の持ちかたも感じられたりします。その辺りを、今後考察していくことになるでしょう。
最後に、八重七重さんの言葉を記しておきます。(私自身、感情では、八重七重さんがおっしゃるようになればどんなにいいかとは思っているのです)
「李朝時代の朝鮮半島では、軍事アレルギーがたいへん強かった。19世紀末期には、正規軍はほとんど崩壊していたような状態だった。だが、今北朝鮮は軍事国家だ。そのこと自体は微塵も歓迎すべきことではないが、一方で、こうは言える。一国の国民のメンタリティというものは、変わるのだ」
はじめまして。
リラと申します。
八重七重さんが非常に尊敬なさっているかたとして、以前からnagoyanさんのご発言は注意深く拝見していました。よろしくお願い致します。
以後は、なごやんさん(なごやん殿、のほうがもっとしっくり来ますね)と、お呼びさせてください。
>「反日」というのは未来永劫かわらない朝鮮のアイディンティティなのか?
わしはそうは思わない。
人も国も変わることができると思う。
そして変わるために話し合いという交流の場を持つべきと思う。
八重七重さんとの李王朝の考察をひとまずひとまとめした今、私は、なごやん殿がおっしゃる、
>「反日」というのは未来永劫かわらない朝鮮のアイディンティティなのか?
というご指摘に、ちょっぴり絶望的になっています。きっかけは、オランダ人のヘンドリック・ハメルが、17世紀後半に、
「かなり昔のこと、日本人がやって来て、彼等の王を殺し、町や村を焼き払ったり、破壊したりした時に云々」と書いているのを読んだことからです。19世紀後半に朝鮮半島を旅したイザベラ・バードもまた、「(仏教の)聖職者に対して過酷な法律が制定されたのは、三世紀前に日本が侵略してきたとき、日本人が仏教僧に変装して都に入る許可をもらい、守備隊を虐殺したからだと朝鮮人はいう。その真偽はいずれにせよ、朝鮮ではよほど探さねば仏教の形跡は見つけられない」と書いているのです。(ハメルが書いている「彼等の王を殺し」たとか、イザベラ・バードの、日本人の諜報活動のために朝鮮半島では仏教に制限をかけるようになった、というのは、ウソです。お坊さんに変装して日本人が暗躍した、ということ自体はひょっとしたらあったかもしれませんが、あまり信憑性を感じません。李朝下の朝鮮では、仏教はそれ以前から弾圧されていました。もちろん、秀吉が差し向けた日本軍は、朝鮮王や王子を殺したりはしていません)
そもそも、ハメルが以上の文言を書いたのは、秀吉軍の朝鮮侵攻よりも100近く後です。いわんや、イザベラ・バードの時代までは、300年も経っています。にもかかわらず、都合の悪いことは、延々日本人がしたことのせいにされているのです。これは朝鮮半島の人々の基本的メンタリティなのだろうかと、私は、溜息をつきながら思いました。
八重七重さんのほうは、朝鮮半島の全歴史を通じて「反日」が基本メンタリティであったわけではないことを証明したいという思いからも、李朝の考察に取り組んでおられるのではないか、と思っております。一方で、私自身は、現代との繋がりは一番の興味の中心ではありません。ですから、同じ資料を見ていても受け取ることは違うのもしばしばなのですが、この「反日意識」という点に関しては、私のほうが悲観的です。
次の作業として、まず高麗朝時代の朝鮮半島の調査に入ります。一方の立場では、高麗朝下では、「反日意識」は強くなかったとされています。(崔基鎬氏の立場です)ですがもう一方では、元寇の時に見られるような、かなり高圧的な意識の持ちかたも感じられたりします。その辺りを、今後考察していくことになるでしょう。
最後に、八重七重さんの言葉を記しておきます。(私自身、感情では、八重七重さんがおっしゃるようになればどんなにいいかとは思っているのです)
「李朝時代の朝鮮半島では、軍事アレルギーがたいへん強かった。19世紀末期には、正規軍はほとんど崩壊していたような状態だった。だが、今北朝鮮は軍事国家だ。そのこと自体は微塵も歓迎すべきことではないが、一方で、こうは言える。一国の国民のメンタリティというものは、変わるのだ」
これは メッセージ 14071 (nagoyan_2shiki さん)への返信です.
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