百済、新羅の頃
投稿者: yotaro47j 投稿日時: 2004/02/11 09:04 投稿番号: [13440 / 44985]
今日は紀元節だから、朝鮮半島と倭の国について語るのもいいかも。
記憶がオボロなので、明確ではないが、倭の国がその姿を世界(と言っても中国、朝鮮)に認められたのは、天智天皇の努力をへて持統天皇のあたりではないかと私は思います(この頃はまだ天皇とは言ってなかった、大王と呼ばれていたと思う)。
日本の大王が「天皇」をなのるのは聖武天皇からだったと思います。いずれにしろ、日本国は中国、朝鮮に比べ黎明期にあったと見るのがいいように私は思います。
この頃、大阪南部に多数の朝鮮半島からの移民が、敬意の念をうけながら住み着いている。
日本の大王(推古女帝)を補佐した「蘇我氏」というのも訳の分からない出自をもっている、どこかからヒョコット出て来た感がある。私は「蘇我氏」も朝鮮系ではないかと思っている。蘇我の血は、摂関家・藤原氏にも濃く流れている。大王・天皇の血に朝鮮の血が濃く流れていてもおかしくない。
話は飛びますが、大仏を造ることを命じた「聖武天皇」と、金正日は性格が似ているように思う。「おどかせば、ビビル」ところなぞそっくりなように思う(これ、前にも書いたけど)。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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