>>お答えします
投稿者: yume215 投稿日時: 2005/02/24 13:27 投稿番号: [4803 / 43252]
>でも、役場から連絡があったのは引き上げ>船が出た三ヶ月後でその後役場に行っても>次の船の事は連絡が無いのでわからないと>言われたそうです
終戦直後から日本政府は、運賃無料
手荷物230KgまでOKということで
在日朝鮮人の帰国を支援しています。
毎週、何便かの特別列車を編成して
舞鶴、下関に走らせています。
また各港からは、日本人の引き揚げ船
の往路を利用して朝鮮半島に運送して
います。船便は十分にありました。
昭和20年の10月から23年まで、
在日朝鮮人190万のうち140万人が
この支援を利用して帰国していますから、
間に合わなかったということはないで
しょう。
昭和23年に入ると、帰国列車1編成に
わずか50人しか乗車していないという
ような状態になったらしいです。
これは朝鮮半島の戦後処理の混乱による
祖国の状況の悪さを聞きつけ、帰国を
思いとどまる人が多くなったのが原因だ
そうです。
しかし結局、戦時動員や国民徴用令で内地に動員された、日本に生活の基盤の無い
人々はほぼ帰国したわけで、日本に残った
人、60万強は戦前に出稼ぎか親戚を頼ったり、留学のために来日し、日本の生活の
基盤があった人がほとんどだと考えられ
ています。
これは メッセージ 4796 (cruisinsin さん)への返信です.
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