北朝鮮核開発問題

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wasiyaさんへ、hello_bonbon

投稿者: hello_bonbon2006 投稿日時: 2007/06/06 23:59 投稿番号: [39681 / 43252]
  何度も云うように、私は「強制連行」について詳しいわけではありません。ですので、wasiyaさんが述べることの是非は分からず、そもそのwasiyaさんがこの投稿欄ないし私に何を言いたいのか、よく分かりません。

  誰か「強制連行」に詳しい方に代わって頂きたい気持ちです。今の私に、これを詳しく検証する余裕は時間的にもありません。

  したがって私が掲載した資料も、別に反論するつもりで貼ったのではありません。「強制連行はなかった」という主張も多くあるわけですから、それと対比してwasiyaさんに解説して欲しいと思っただけです。

  同資料も、西岡力や呉善花といった名の通った人たちと関係する人が著し、ヨタ話ではないと思います。他にもいくつか調べましたが、当時の朝鮮警察や政府関係者も同じように証言している資料もありました。

  以下は同資料の続きです。・・私に怒らないで下さいよ・・wasiyaさんの見解を聞きたいだけです。

  「1974年の法務省編「在留外国人統計」によれば、在日韓国・朝鮮人の日本上陸は日本政府が朝鮮人の来日を取締まっていた昭和10年までに渡来したものが全体の 53.7%と半分以上になる。
  昭和11〜15年はまだ民間の自由募集の期間であり、次の16〜19年の中でも「国民 徴用令」による徴集は19年の9月以降の僅か4ヵ月間であるから、単純に計算しても、この期間に徴用された者は16〜19年間の1万4514人の12分の1、つまり1210人ほど にすぎない。そこに次項「昭和20年9月1日以前」の679名を加えた概算1889人ほど が、真に徴用の名に値する在日朝鮮人だという事になる。仮に「官あっせん」を徴用の概念の中に入れ、官あっせんが行われていた昭和17年2月〜19年8月の来日者の推計数を全部加えても約1万1300人ほどである。従って、昭和20年8月終戦当時の在日朝鮮人の全人口が約210万人ほどであったから、何れにしても当時の在日全体 の僅か0.5%以下にしかすぎない事になる。(2002年現在の在日人口は約63万人)
  当然これは正式な徴用としての徴集であるし、日本人も全く同じ条件であった訳で、それが強制連行などではなかった事など説明するまでもない。この推定は、昭和16 〜19年間の月間来日数を均等として計算したものであるが、実際には、関釜連絡船の運航は終戦が近くなるにつれ次第に困難になりつつあったから、19年後半からの来日徴用者も減少しているはずであり、どんなに徴用の概念を広く解釈しても、終戦 当時の在日全体の0.5%を超えるような事など有り得ないし、その僅かな徴用者達さえも実際には戦後まもなく帰国してしまった者がほとんどなのである。
  更に、大正時代からの白丁などの被差別階級の大量の密航者や、朝鮮戦争時に 受け入れた大量の難民や密航者もこれに加えると、今残っているほぼ全ての在日が徴用とは全く関係の無い、単に自主来日した人達ばかりであるという事が分かる。」
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