おはようさんだすtasogaremadorosu はん
投稿者: riyushiro3987 投稿日時: 2007/05/21 08:44 投稿番号: [39289 / 43252]
おはようさんだす柳
四郎はん 2007/ 5/19 11:03 [ No.39180 / 39288 ]
投稿者 : tasogaremadorosu
あんさんの、歴史認識は、わてには、よ〜理解できまへんわ〜!
西郷隆盛はんの征韓論…西郷隆盛はんはな、朝鮮出兵を志願しはったがな、当時の政府の岩倉具視はん大久保利通はんに反対されたんや、ほんでな〜!
西郷はん失望しなはって薩摩に帰りはったんやで〜!
「征韓論」や、何で浮上したんか、柳はんに聞いてんねん!触れてへんやないか〜!
!
一つ柳はんに提案があんねん!堅苦しい文面やめはって、解りやすい感情論(あんさんの知識の範囲)で投稿はんが出来まへんか〜!
安生頼みまっせ〜!
柳 四郎
http://blogs.yahoo.co.jp/riyushirou3987/481615.html
幕末の思想家の発言は勤王佐幕とその内容は変わりますが、結論として中央集権の富国強兵策へとまとまり、
1・・・・その強兵をもって韓国・台湾を打って一丸となってアジア横行することに決定します。
その時のバックボーンとして何を持って横行するのかが問題になり。ヨーロッパ列強はキリスト教を持って世界を横行し、日本は仏教か、国家神道か、儒教かと議論をしています。
西郷隆盛はんの征韓論=1・・・・その強兵をもって韓国・台湾を打って一丸となってアジア横行・・・=海外進出・・朝鮮台湾を日本がとることはすでに幕末に決まっていたことです。
百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
征韓論(せいかんろん)は、日本の幕末から明治初期において、当時留守政府の首脳であった西郷隆盛(西郷自身の主張は出兵ではなく開国を勧める遣韓使節として自らが朝鮮に赴くことであり、むしろ遣韓論)、板垣退助・江藤新平・後藤象二郎・副島種臣らによってなされた、武力で朝鮮を開国しようとする主張である。
江戸時代後期に国学や水戸学の一部や吉田松陰らの立場から、古代日本が朝鮮半島に支配権を持っていたと古事記・日本書紀に記述されていると唱えられており、こうしたことを論拠として朝鮮進出を唱え、尊王攘夷運動の政治的主張にも取り入れられた。
明治改元1868年
征韓論が沸騰した1873年8月に明治政府は西郷隆盛を使節として派遣することを決定するが、同年9月に帰国した岩倉使節団の大久保利通、岩倉具視・木戸孝允らは時期尚早としてこれに反対、
柳 四郎
明治からわずか5年で朝鮮を取ることは無理だということです。
26年たって・・やっと国内の戊辰戦争の傷がいえて回復し・・・1894年日清戦争で朝鮮台湾を奪います。
西郷隆盛の征韓論は幕末に決まっていたことです。
日本はその後も次々と戦争をして領土を拡大していきます・・最後に真珠湾攻撃から米国植民地フイリッピンを取って・・マッカーサーを追い出します。
戦争をして領土を拡大することが正義の時代だったのです・・・英国は世界中に領土を持ち・・英国領土からは日が沈むことの無い国として・・輝きました・・・日本はアジア中を日本領土=赤・・・地図を赤く染めて輝きました。
1945年の敗戦ですべての海外領土を失いました・・・海外領土を失ったのは日本だけではありません・・・戦勝国の列強も一部を残して海外領土を手放しました。
1945年以降は武力で領土を拡大することは悪となったのです。
この違いを誰も理解していません・・・・1945年以降は武力で領土を守る必要がなくなったのです。
日本は軍隊で国を守る必要がないのです・・・なぜなら何処の国も日本を武力で自国領土とすることが出来ないからです。
貴方は頭がいいからこれは理解できるでしょうが・・納得は出来ないでしょう・・・反論してみてください・・・すべて根拠を持って答えます・・しかし貴方は納得は出来ないでしょう・・・軍隊で国を守るという迷信を信じてるから・・・しかし迷信は何処までも迷信です。
僕は・・・感情論は一切しません・・・100人いたら100の感情がありますから・・・感情論=好き嫌いです・・人それぞれの好き嫌いを論をじても意味はありません。
http://riyushirou.blog96.fc2.com/blog-entry-152.html
投稿者 : tasogaremadorosu
あんさんの、歴史認識は、わてには、よ〜理解できまへんわ〜!
西郷隆盛はんの征韓論…西郷隆盛はんはな、朝鮮出兵を志願しはったがな、当時の政府の岩倉具視はん大久保利通はんに反対されたんや、ほんでな〜!
西郷はん失望しなはって薩摩に帰りはったんやで〜!
「征韓論」や、何で浮上したんか、柳はんに聞いてんねん!触れてへんやないか〜!
!
一つ柳はんに提案があんねん!堅苦しい文面やめはって、解りやすい感情論(あんさんの知識の範囲)で投稿はんが出来まへんか〜!
安生頼みまっせ〜!
柳 四郎
http://blogs.yahoo.co.jp/riyushirou3987/481615.html
幕末の思想家の発言は勤王佐幕とその内容は変わりますが、結論として中央集権の富国強兵策へとまとまり、
1・・・・その強兵をもって韓国・台湾を打って一丸となってアジア横行することに決定します。
その時のバックボーンとして何を持って横行するのかが問題になり。ヨーロッパ列強はキリスト教を持って世界を横行し、日本は仏教か、国家神道か、儒教かと議論をしています。
西郷隆盛はんの征韓論=1・・・・その強兵をもって韓国・台湾を打って一丸となってアジア横行・・・=海外進出・・朝鮮台湾を日本がとることはすでに幕末に決まっていたことです。
百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
征韓論(せいかんろん)は、日本の幕末から明治初期において、当時留守政府の首脳であった西郷隆盛(西郷自身の主張は出兵ではなく開国を勧める遣韓使節として自らが朝鮮に赴くことであり、むしろ遣韓論)、板垣退助・江藤新平・後藤象二郎・副島種臣らによってなされた、武力で朝鮮を開国しようとする主張である。
江戸時代後期に国学や水戸学の一部や吉田松陰らの立場から、古代日本が朝鮮半島に支配権を持っていたと古事記・日本書紀に記述されていると唱えられており、こうしたことを論拠として朝鮮進出を唱え、尊王攘夷運動の政治的主張にも取り入れられた。
明治改元1868年
征韓論が沸騰した1873年8月に明治政府は西郷隆盛を使節として派遣することを決定するが、同年9月に帰国した岩倉使節団の大久保利通、岩倉具視・木戸孝允らは時期尚早としてこれに反対、
柳 四郎
明治からわずか5年で朝鮮を取ることは無理だということです。
26年たって・・やっと国内の戊辰戦争の傷がいえて回復し・・・1894年日清戦争で朝鮮台湾を奪います。
西郷隆盛の征韓論は幕末に決まっていたことです。
日本はその後も次々と戦争をして領土を拡大していきます・・最後に真珠湾攻撃から米国植民地フイリッピンを取って・・マッカーサーを追い出します。
戦争をして領土を拡大することが正義の時代だったのです・・・英国は世界中に領土を持ち・・英国領土からは日が沈むことの無い国として・・輝きました・・・日本はアジア中を日本領土=赤・・・地図を赤く染めて輝きました。
1945年の敗戦ですべての海外領土を失いました・・・海外領土を失ったのは日本だけではありません・・・戦勝国の列強も一部を残して海外領土を手放しました。
1945年以降は武力で領土を拡大することは悪となったのです。
この違いを誰も理解していません・・・・1945年以降は武力で領土を守る必要がなくなったのです。
日本は軍隊で国を守る必要がないのです・・・なぜなら何処の国も日本を武力で自国領土とすることが出来ないからです。
貴方は頭がいいからこれは理解できるでしょうが・・納得は出来ないでしょう・・・反論してみてください・・・すべて根拠を持って答えます・・しかし貴方は納得は出来ないでしょう・・・軍隊で国を守るという迷信を信じてるから・・・しかし迷信は何処までも迷信です。
僕は・・・感情論は一切しません・・・100人いたら100の感情がありますから・・・感情論=好き嫌いです・・人それぞれの好き嫌いを論をじても意味はありません。
http://riyushirou.blog96.fc2.com/blog-entry-152.html
これは メッセージ 39180 (tasogaremadorosu さん)への返信です.
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