南北統一の夢のはずなのだけど…(1)
投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/09 19:47 投稿番号: [269 / 43252]
南北統一派の韓国人の言葉も載せておきます。
「朝鮮半島の新ミレニアム」(李泳禧)
日本語版への序文
西紀二〇〇〇年六月一五日以後の韓(朝鮮)民族は、その日以前の朝鮮民族ではもうない。この日を期して、朝鮮半島南北の同胞は、半世紀以上の長い歳月を、外国勢力の強要によって作られ、続けてきた民族内部の敵対関係を拒否したのである。南の金大中大統領と北の金正日国防委員長は、民族と国土の分断以来五五年目に、はじめて平壌で会談し、南北同胞間の分裂的敵対関係の終結を宣言した。両指導者はこの日を以って、南北七千万の人民がお互いに旧怨を捨て、和解し、理解しあい、そして相互の信頼感を築きつつ、交流と協力を促進することを誓った。一九七二年七月四日の七・四南北合同声明の精神に立ちかえって、民族共同体を再建し、おのおのの体制の違いをこえて、ついには民族の平和的統一を成就する決意を内外に宣言した。
これは朝鮮民族の再生を意味し、実に歴史的な祝福の瞬間であった。そして今、南北平壌頂上会談後一〇日を経ずして、すでに半島を二分した二七〇キロの停止ラインでは一切の銃声が止み、相互間に定式化されていた敵対的呼び名が友好的、ないし正常的名称にかえられた。大変な変化である。
南から北への政府・民間の協力・援助の物資は続々と港から積み出されており、北は南の企業と投資に対して急速に門戸を拡大し始めた。五〇余年間、生死さえ知る術がなかった南北相互に引き裂かれた「離散家族」の再会と、できれば「里帰り」の手続きが、今、興奮の中に進行している。
強大国中心の冷戦の氷山の底に永遠に埋もれてしまったと思われた朝鮮半島が、氷山を砕いて力強く回転し始めたのである。二一世紀はこれから、南北朝鮮民族が再び統一国家を造り、世界史の上に新しく登場する時代になることを信じて疑わない。しかして、東北アジアの地域平和と繁栄に積極的に参与・貢献することによって、新ミレニアムの人類の平和と発展にも大きく寄与するであろうと確信する。
もちろん、南北の各々の社会内部にも少くない問題が残っている。また周辺の関連国家群の利害関係も依然として複雑である。決して一朝一夕に民族の希望と栄光が実現すると、軽々に確信するつもりは毛頭ない。しかし、二一世紀の朝鮮民族が、過去日本帝国主義に虐げられ、かつ冷戦の覇権主義の犠牲になった、二〇世紀の「その同じ民族」でないことも確かである。この事実こそ、新世紀の開幕初頭の平壌での南北頂上会談が象徴するものである。
この本は、長い間の私の信念と希望と、同胞に対する忠告と苦言を文章にして発表したものである。分断以後の韓国には、すなわち、敵対と同時に米国の支配下に入った半世紀間の南の病的極右・反共主義独裁体制には、およそ「真実」と言うものは存在しなかった。「真実」の存在は許されなかった。韓国式の狂信的極右・反共・外勢依存的独裁政権は、国民(市民)個々人と社会に強要した「虚偽の信念体系」の上に成りたっていた。
国家権力を掌握した少数の極右・反共主義集団は、「南北対立」「国家安保」「常時戦時体制」「軍隊式文化」を「国民信仰」に仕立て上げたのである。北朝鮮の国家と社会も、権力集団の公的主張と主観的解釈のいかんにかかわらず、この問題に関する限り状況は大体において同一であると私は思う。
「反共思想」が「国家唯一信仰」であった。その信仰体制は、市民と国民の無知・曖昧・知的発育停止の上に成りたち、無条件の軍隊式服従を美徳とする教理に導かれたのものであった。民主・自由・人権・良心・平和……は「異端」であった。そして異端に対する残忍な迫害と弾圧は、中世カトリック教権力のそれを数倍にしたものであった。悪名高い反共法と国家保安法が、思想の自由に対する反共宗教裁判の法典であった。
そのようにして大韓民国は、虚偽の神話と背理の偶像が支配する社会となった。日本の読者の中の老年層、私と同年輩あるいは上の日本人には思い当たるところのある、過ぎし時代の人間の生き方と社会相である。
韓国は二〇世紀の末まで、すなわち金大中政権が樹立されるまで、このような虚偽の神話と偶像の信仰社会であった。その半世紀の神と偶像が、二一世紀初頭六月の、南北頂上会談の打撃で、ようやく崩れ始めようとしている。日本人読者にもその意義の大きさが理解できると思う。例えて言えば、五五年前(一九四五年)の日本の「神国」天皇主義・軍国主義・帝国主義・略奪的資本主義の崩壊、すなわち「終戦」の意味を思い出せばおわかりになると思う。そうであれば幸いである。
(続く)
「朝鮮半島の新ミレニアム」(李泳禧)
日本語版への序文
西紀二〇〇〇年六月一五日以後の韓(朝鮮)民族は、その日以前の朝鮮民族ではもうない。この日を期して、朝鮮半島南北の同胞は、半世紀以上の長い歳月を、外国勢力の強要によって作られ、続けてきた民族内部の敵対関係を拒否したのである。南の金大中大統領と北の金正日国防委員長は、民族と国土の分断以来五五年目に、はじめて平壌で会談し、南北同胞間の分裂的敵対関係の終結を宣言した。両指導者はこの日を以って、南北七千万の人民がお互いに旧怨を捨て、和解し、理解しあい、そして相互の信頼感を築きつつ、交流と協力を促進することを誓った。一九七二年七月四日の七・四南北合同声明の精神に立ちかえって、民族共同体を再建し、おのおのの体制の違いをこえて、ついには民族の平和的統一を成就する決意を内外に宣言した。
これは朝鮮民族の再生を意味し、実に歴史的な祝福の瞬間であった。そして今、南北平壌頂上会談後一〇日を経ずして、すでに半島を二分した二七〇キロの停止ラインでは一切の銃声が止み、相互間に定式化されていた敵対的呼び名が友好的、ないし正常的名称にかえられた。大変な変化である。
南から北への政府・民間の協力・援助の物資は続々と港から積み出されており、北は南の企業と投資に対して急速に門戸を拡大し始めた。五〇余年間、生死さえ知る術がなかった南北相互に引き裂かれた「離散家族」の再会と、できれば「里帰り」の手続きが、今、興奮の中に進行している。
強大国中心の冷戦の氷山の底に永遠に埋もれてしまったと思われた朝鮮半島が、氷山を砕いて力強く回転し始めたのである。二一世紀はこれから、南北朝鮮民族が再び統一国家を造り、世界史の上に新しく登場する時代になることを信じて疑わない。しかして、東北アジアの地域平和と繁栄に積極的に参与・貢献することによって、新ミレニアムの人類の平和と発展にも大きく寄与するであろうと確信する。
もちろん、南北の各々の社会内部にも少くない問題が残っている。また周辺の関連国家群の利害関係も依然として複雑である。決して一朝一夕に民族の希望と栄光が実現すると、軽々に確信するつもりは毛頭ない。しかし、二一世紀の朝鮮民族が、過去日本帝国主義に虐げられ、かつ冷戦の覇権主義の犠牲になった、二〇世紀の「その同じ民族」でないことも確かである。この事実こそ、新世紀の開幕初頭の平壌での南北頂上会談が象徴するものである。
この本は、長い間の私の信念と希望と、同胞に対する忠告と苦言を文章にして発表したものである。分断以後の韓国には、すなわち、敵対と同時に米国の支配下に入った半世紀間の南の病的極右・反共主義独裁体制には、およそ「真実」と言うものは存在しなかった。「真実」の存在は許されなかった。韓国式の狂信的極右・反共・外勢依存的独裁政権は、国民(市民)個々人と社会に強要した「虚偽の信念体系」の上に成りたっていた。
国家権力を掌握した少数の極右・反共主義集団は、「南北対立」「国家安保」「常時戦時体制」「軍隊式文化」を「国民信仰」に仕立て上げたのである。北朝鮮の国家と社会も、権力集団の公的主張と主観的解釈のいかんにかかわらず、この問題に関する限り状況は大体において同一であると私は思う。
「反共思想」が「国家唯一信仰」であった。その信仰体制は、市民と国民の無知・曖昧・知的発育停止の上に成りたち、無条件の軍隊式服従を美徳とする教理に導かれたのものであった。民主・自由・人権・良心・平和……は「異端」であった。そして異端に対する残忍な迫害と弾圧は、中世カトリック教権力のそれを数倍にしたものであった。悪名高い反共法と国家保安法が、思想の自由に対する反共宗教裁判の法典であった。
そのようにして大韓民国は、虚偽の神話と背理の偶像が支配する社会となった。日本の読者の中の老年層、私と同年輩あるいは上の日本人には思い当たるところのある、過ぎし時代の人間の生き方と社会相である。
韓国は二〇世紀の末まで、すなわち金大中政権が樹立されるまで、このような虚偽の神話と偶像の信仰社会であった。その半世紀の神と偶像が、二一世紀初頭六月の、南北頂上会談の打撃で、ようやく崩れ始めようとしている。日本人読者にもその意義の大きさが理解できると思う。例えて言えば、五五年前(一九四五年)の日本の「神国」天皇主義・軍国主義・帝国主義・略奪的資本主義の崩壊、すなわち「終戦」の意味を思い出せばおわかりになると思う。そうであれば幸いである。
(続く)
これは メッセージ 268 (kusukusu552000 さん)への返信です.
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