北朝鮮核開発問題

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Re: 人間をムシャムシャ食べる野蛮な日本人

投稿者: wasiya2610 投稿日時: 2006/12/05 23:42 投稿番号: [23560 / 43252]
○参考までに
南京大虐殺・昭和12年(1937年)
・師団長や兵士たちが当時書き残した日記の一部

中島今朝吾中将(第16師団長) 日記 (12月13日)
一、斯くて敗走する敵は大部分第十六師団の作戦地境内の森林村落地帯に出て又一方鎮江両塞より逃て来るものありて到る所に捕虜を見到底其始末に堪えざる程なり
一、大体捕虜はせぬ方針なれば、片端よりこれを片付くることとなしたる(れ)ども、千五千一万の群集となれば之が武装を解除することすら出来ず唯彼等が全く戦意を失ひ、ぞろぞろついてくるから安全なるものの、之が一旦掻擾(騒擾)せば始末に困るので
  部隊をトラックにて増派して監視と誘導に任じ
  十三日夕はトラックの大活躍を要したり乍併(しかしながら)戦勝直後のことなれば中々実行は敏速には出来ず   斯る処置は当初より予想だにせざりし処なれば参謀部は大多忙を極めたり
一、後に至りて知る処に依りて佐々木部隊丈にて処理せしもの約一万五千、大平門(太平門)に於ける守備の一中隊長が処理せしもの約一三○○其仙鶴門附近に集結したるもの約七八千人あり尚続々投降し来る
一、此七八千人之を片付くるには相当大なる壕を要し中々見当らず一案としては百二百に分割したる後適当のヶ処(箇処)に誘きて処理する予定なり


「南京攻略戦中島台十六師団長日記」
佐々木到一少将(第16師団 歩兵第30旅団(佐々木支隊)長) 私記 (12月13日)
この日、我が支隊の作戦地域内に遺棄された敵屍は一万数千に上りその外、装甲車が江上に撃滅したものならびに各部隊の俘虜を合算すれば、我が支隊のみにて二万以上の敵は解決されている筈である。(中略)
午後二時ごろ、概して掃蕩を終わって背後を安全にし、部隊を纏めつつ前進、和平門にいたる。
その後、俘虜続々投降し来たり数千に達す、激昂せる兵は上官の制止を肯かばこそ、片はしより殺戮する。多数戦友の流血と十日間の辛惨を顧みれば、兵隊ならずとも「皆やってしまえ」と言いたくなる。
白米はもはや一粒もなし、城内にはあるだろうが、俘虜に食わせるものの持ち合わせなんか我が軍には無い筈だった。


「佐々木到一少将私記」
宮本省吾(仮名、第13師団山田支隊歩兵第65連隊)陣中日記
『加害の記録 南京大虐殺「日記」』
12/16
警戒の厳重は益々加はり、それでも前十時に第二中隊と衛兵を交代し一安心す。しかし其れも疎の間で午食事中俄に火災起り、非常なる騒ぎとなり、三分の一程延焼す。午后三時、大隊は最後の取るべき手段を決し、捕虜兵約三千を揚子江岸に引率し、之を射殺す。戦場ならでは出来ず、又見れぬ光景である。
12/17
本日は一部南京入城式に参加、大部は捕虜兵の処分に任ず。小官は八時半出発、南京に行軍、午后晴れの南京入城式に参加壮厳なる史的光景を見のあたり見る事が出来た。
夕方漸く帰り、直ちに捕虜兵の処分に加はり出発す。二万以上の事とて終に大失態に会ひ友軍にも多数死傷者を出してしまった。中隊死者一、傷者二、に達す。
12/18
昨夜来の出来事にて暁方漸く寝に付く。起床する間もなく昼食をとる様である。
午后敵死体の片付をなす。暗くなるも終らず、明日又なす事にして引上ぐ、風寒し。
12/19
昨日に引続き早朝より死体の処分に従事す。午后四時迄かかる。夕方、又捕虜の衣類の始末につき火災起る。少しで宿舎に延焼せんとしたが、引留む事が出来た。
明日は愈々渡河の予定にて兵は其の準備に晩く迄かかる。牛肉の油上まで作り、米、味噌の久しぶりの配給、明日の食料の準備をなす。風寒く揚子江畔も漸く冬らしくなる。
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