Soyam824、Cbm33jp殿へ答え
投稿者: soyam824 投稿日時: 2003/10/08 00:10 投稿番号: [2314 / 43252]
Soyam824、Cbm33jp殿=前者として、あなたに名指しされた1人として、出来るだけ短く心懸けて以下を。
<「人として間違っている」「人道上問題がある」・・人道や倫理など2の次3の次です。あくまで国益を追及するのが国家の姿です。>……続ききますが、これは本当ですか。あなたはそう観てるのですか、またあなた自身もそうでなければ、それが倫理だとおっしゃり、信じているのですか。
世界各国と言われましたが、国連加盟国だけでも200をオーバーして世界各国。それが趨勢だと言うので有れば尠とも過半数の国がそういう倫理観をもっていると言うことですね。ここであなたの苦笑が分かります。
私もそんな「姑息」な杓子定規を述べるつもりはない。ただあなたは世界を観て、世界の倫理の趨勢が『国益』追求だと捉えている。幸せな楽観者と言うべきか、(その大きな誤謬をあなたは識らない。)
本当にそうですか、あなたの観ている『世界』というのは200分の10〜15くらいの国々じゃないですか、先進国、途上国合わせて、無理しても40〜50カ国までいかないはずです。貴方の云っう世界の国というのは濁った水の上部の、ほんの上澄みですね。
世界の国々はその下のにごった部分がはるかに多いのです。私も入れて、世界と言うとき、つい列強国、富裕国のみを対象にする傾向がある。つまりこの原因は手にする新聞、マスコミからの情報、それも大見出しにしか関心をもたない悪癖から来るのです。小見だしにも目をやれば結構核心、真実を衝いているものです。
ここまでで長文に過ぎるので、以下濃縮して…表面の趨勢に追随した価値観か、人間主役の価値観か、=弱小国悪、即無視。正邪不問。勢いが「正義」か、になるが。貴方の云う『世界』というのはほんの一握りの国である。そのほかの国は国益も、民益も追求以前に1人1人が食を得るさえままならない情況だ。世界を語る軸足はここに置いてこそ世界を語る資格がある。(これも価値観によるが)
あなたに言う世界は…云々は一部の富める大国のしかもその上澄みの、ごく一部の倫理観、所謂「国益」のことを指している。 おそらく自分でも気がつかなかったろうが、そこまで毒された、毒が回っているのがこの国と言わず先進国の指導者たちなのです。
ただし、この人たちは決して誤って認識しているわけではなく、巧緻な計算の元に国民を、大衆を操作している。
そうじゃないと言い張る人ほどその悪液が末期症的に廻っているようにも思う。
要は1人1人の追随か 善意 善性かになるが、それを計るのは極めて無垢な人間という生き物の正義を取るか、正邪不問、損得基準にするかだろう。
そこで正義か 不正義かを、その下記基準を、せいぜいキリスト教 仏教 あるいはイスラム教 等の先導師が小学生の初年くらいまでに説いている「正」「悪」を常識の公約数、基本と取ってみよう。その後の教え、付加した説教は、良い悪い共に処世的、あるいは本音と建てに及ぶので容れず、この子らに善・悪。正・邪を分けてみる、その答えがやや真の正義だと思って良いのではないか。
おそらく1人間の価値観はこのときに芽生えたはずだ。世界であろうが何処であろうが、この種の倫理観から発して言うのが「正義」、「国益」である。
国益というのは、物質だけでも精神だけでもないことは言うをまたない。
<「人として間違っている」「人道上問題がある」・・人道や倫理など2の次3の次です。あくまで国益を追及するのが国家の姿です。>……続ききますが、これは本当ですか。あなたはそう観てるのですか、またあなた自身もそうでなければ、それが倫理だとおっしゃり、信じているのですか。
世界各国と言われましたが、国連加盟国だけでも200をオーバーして世界各国。それが趨勢だと言うので有れば尠とも過半数の国がそういう倫理観をもっていると言うことですね。ここであなたの苦笑が分かります。
私もそんな「姑息」な杓子定規を述べるつもりはない。ただあなたは世界を観て、世界の倫理の趨勢が『国益』追求だと捉えている。幸せな楽観者と言うべきか、(その大きな誤謬をあなたは識らない。)
本当にそうですか、あなたの観ている『世界』というのは200分の10〜15くらいの国々じゃないですか、先進国、途上国合わせて、無理しても40〜50カ国までいかないはずです。貴方の云っう世界の国というのは濁った水の上部の、ほんの上澄みですね。
世界の国々はその下のにごった部分がはるかに多いのです。私も入れて、世界と言うとき、つい列強国、富裕国のみを対象にする傾向がある。つまりこの原因は手にする新聞、マスコミからの情報、それも大見出しにしか関心をもたない悪癖から来るのです。小見だしにも目をやれば結構核心、真実を衝いているものです。
ここまでで長文に過ぎるので、以下濃縮して…表面の趨勢に追随した価値観か、人間主役の価値観か、=弱小国悪、即無視。正邪不問。勢いが「正義」か、になるが。貴方の云う『世界』というのはほんの一握りの国である。そのほかの国は国益も、民益も追求以前に1人1人が食を得るさえままならない情況だ。世界を語る軸足はここに置いてこそ世界を語る資格がある。(これも価値観によるが)
あなたに言う世界は…云々は一部の富める大国のしかもその上澄みの、ごく一部の倫理観、所謂「国益」のことを指している。 おそらく自分でも気がつかなかったろうが、そこまで毒された、毒が回っているのがこの国と言わず先進国の指導者たちなのです。
ただし、この人たちは決して誤って認識しているわけではなく、巧緻な計算の元に国民を、大衆を操作している。
そうじゃないと言い張る人ほどその悪液が末期症的に廻っているようにも思う。
要は1人1人の追随か 善意 善性かになるが、それを計るのは極めて無垢な人間という生き物の正義を取るか、正邪不問、損得基準にするかだろう。
そこで正義か 不正義かを、その下記基準を、せいぜいキリスト教 仏教 あるいはイスラム教 等の先導師が小学生の初年くらいまでに説いている「正」「悪」を常識の公約数、基本と取ってみよう。その後の教え、付加した説教は、良い悪い共に処世的、あるいは本音と建てに及ぶので容れず、この子らに善・悪。正・邪を分けてみる、その答えがやや真の正義だと思って良いのではないか。
おそらく1人間の価値観はこのときに芽生えたはずだ。世界であろうが何処であろうが、この種の倫理観から発して言うのが「正義」、「国益」である。
国益というのは、物質だけでも精神だけでもないことは言うをまたない。
これは メッセージ 2306 (fujinohigumajp さん)への返信です.
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