Re: 核反対論者はなぜ核議論に反対するか?
投稿者: wake_turbulence1180 投稿日時: 2006/11/10 17:51 投稿番号: [20426 / 43252]
今日の産経新聞(2面)の「核論議、是か非か」というコラムがあり、ワシントンの古森義久氏の記事が載っている。長文なので冒頭と末尾の記述のみをご紹介する。
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日本国民の大多数にとって核兵器というのは、全く異なる2つの存在といえよう。1つは広島と長崎に投下された、あの憎むべき、悲しむべき核である。一瞬にして無数の無辜の同胞の命を奪い、痛ましい傷跡を後世代にまで長く残した。二度と起こしてはならない惨劇の原因として地上から抹殺されなくては恐怖の兵器である。
もう一つは日本の安全保障の基本方針でうたわれた核の恐威をはね返す抑止力を持ち現存する核兵器である。この場合は米国の抑止力としての核兵器だが、東西冷戦でも米ソの軍事対決を結果として抑え、熱い戦争を防いできた。いま北朝鮮やイランが必死で開発しようとするのも、国際政治の修羅場で効果を発揮するこの現実の核兵器である。
〜中略〜
だから日本に対する核の恫喝もすぐそこまで首を出しかかっているといえるだろう。日本が自国の安全や独立の為に核抑止を考えねばならない状況は非現実的ではないのだ。核抑止はたとえ同盟相手の米国に頼るにせよ、核武装とは概念として切離せない。
ただし日本が独自に核の道を歩むという選択は日米同盟で核抑止が供せられ、さらに核拡散防止条約(NPT)の体制がまだ厳存する以上、賢明でも必要でもない。しかしそうした枠組みが永遠に不変なはずはない。だから核武装というテーマは他国に核での威嚇や攻撃を絶対にかけさせない抑止という範疇で大いに論じてしかるべきと思う。
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●既にご存知の方もいると思いますが、ご参考になれば幸いです。
これは メッセージ 20400 (publicopinion100 さん)への返信です.
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