核武装議論で思うこと
投稿者: inakajcman 投稿日時: 2006/11/05 10:37 投稿番号: [19214 / 43252]
外交とは各国が自国の権益や主張を押し通す為に、ありとあらゆる手段を駆使して挑む戦場であると私は思う。そしてその最終手段が武力の行使だろう。しかるにこれまでの政治家、官僚はその厳しい現実を直視せずに、われわれ日本人の考え方や常識を外交の場でも当て嵌めて、その場限りの一喜一憂を繰りかえしてきたように思う。村山談話や河野談話などはその最たるものだろう。彼ら個人は謙譲の美徳を振りまくことで自己を満足させたかもしれないが、ODAという血税を注いだ中国や様々な援助をした北朝鮮は皮肉にもミサイルを日本に照準しているのである。そしてこの度の「核議論」だが、本当に議論することすら許されないのだろうか?中川昭一の発言にメッセージ性があったのかどうかは分からないが、麻生外相の発言にはそれが込められていたように思う。何故北朝鮮は俄かに6箇国協議に参加することにしたのだろう?それはやはり中国が本腰を入れて北朝鮮を説得したからだと思う。そして中国を本気にさせたことの要因の一つに、日本の核武装議論が影響したのではないだろうか?鳩山は元自民党の政治家であるし、これまでの経歴や鳩山家の歴史からも政権の中枢が分からない筈がない。そして、中国が動いた要因も分かっているはずだ。にもかかわらず、議論すら許さないというのはいかがなものか。彼の目には日本はないのか?首相になるために自民党を飛び出したそうだが、自己保全に囚われた今の状況では全くその芽はないだろう。内外ともに難しい舵取りを迫られる昨今、国民が本当に望んでいるのは建設的な議論がなされる政治状況であり、まともな野党の出現ではないだろうか?
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