朝鮮の歴史の真実
投稿者: rozamima 投稿日時: 2006/11/03 01:27 投稿番号: [18322 / 43252]
1392年
李朝成立
1393年 明(中国)の許可を得て、国号を「朝鮮」とする
李朝朝鮮は、北朝鮮に驚くほど似ている。建前を振りかざして権力を正当化し、その影に隠れて、好き放題の事を
行っていた。
李朝朝鮮は、中国を宗主国として崇めたが、美辞麗句をもてあそぶ事も、弱者を弄ぶことも、宗主国の中国から学んだものである。
ハングルは李朝が滅びるまで、オンムン(諺分)と呼ばれて、蔑まれていた。
エリートである両班たちは、中国をあがめる意識に凝り固まっていたので、漢文しか使わなかった。
ハングルが朝鮮人全体に教えられるようになったのは、日韓併合の翌年1911年から、総督府によって
朝鮮教育令が施行され、初、中、高等学校でハングルを必修科目とすることが定められた。
首都のソウルには、中国の属国であることを示す迎恩門と、慕華館があった。中国からの勅使が来ると
迎恩門まで出迎えて、臣下としての礼をとらなければ、ならなかったのである。
朝鮮の歴史書である「李朝実録」は、李朝の歴史が惨憺たるものであったにも関わらず、美辞麗句で飾られている。
歴史を直視することなく、化粧が施されているのである。朝鮮では、李朝を通じて歴史を歪めることが
習性と成ってしまっているのである。
李氏朝鮮は、1895年 日本と中国(清)との間で締結された下関条約で、日本によって独立させてもらうまでの
500年間を通じて、搾取と収奪の対象にしかされなかった民衆の血を肥やしとして、歪みきった社会を作り上げていた。
李氏朝鮮は、中国の属国として500年間の歴史を経て、1895年になって漸く、日本の力によって独立を
与えられ、1910年、朝鮮の望みによって日韓併合が成し遂げられたのである。
即ち、ここまで、朝鮮が独立国として存在したのは、僅かに、15年間である。
日本国民は、隣国韓国の歴史について、もう少し知る必要がある。
日本では、善意から日韓親善や日朝友好を願っている人々が居るが、それらの人にしても朝鮮の歴史について無知で
あるから、善意は自己満足的なものであって、日本にとって危険なものを孕んでいる。
朝鮮人 韓国人は、そのようには、見ていないと云うことを知っておく必要がある。
1393年 明(中国)の許可を得て、国号を「朝鮮」とする
李朝朝鮮は、北朝鮮に驚くほど似ている。建前を振りかざして権力を正当化し、その影に隠れて、好き放題の事を
行っていた。
李朝朝鮮は、中国を宗主国として崇めたが、美辞麗句をもてあそぶ事も、弱者を弄ぶことも、宗主国の中国から学んだものである。
ハングルは李朝が滅びるまで、オンムン(諺分)と呼ばれて、蔑まれていた。
エリートである両班たちは、中国をあがめる意識に凝り固まっていたので、漢文しか使わなかった。
ハングルが朝鮮人全体に教えられるようになったのは、日韓併合の翌年1911年から、総督府によって
朝鮮教育令が施行され、初、中、高等学校でハングルを必修科目とすることが定められた。
首都のソウルには、中国の属国であることを示す迎恩門と、慕華館があった。中国からの勅使が来ると
迎恩門まで出迎えて、臣下としての礼をとらなければ、ならなかったのである。
朝鮮の歴史書である「李朝実録」は、李朝の歴史が惨憺たるものであったにも関わらず、美辞麗句で飾られている。
歴史を直視することなく、化粧が施されているのである。朝鮮では、李朝を通じて歴史を歪めることが
習性と成ってしまっているのである。
李氏朝鮮は、1895年 日本と中国(清)との間で締結された下関条約で、日本によって独立させてもらうまでの
500年間を通じて、搾取と収奪の対象にしかされなかった民衆の血を肥やしとして、歪みきった社会を作り上げていた。
李氏朝鮮は、中国の属国として500年間の歴史を経て、1895年になって漸く、日本の力によって独立を
与えられ、1910年、朝鮮の望みによって日韓併合が成し遂げられたのである。
即ち、ここまで、朝鮮が独立国として存在したのは、僅かに、15年間である。
日本国民は、隣国韓国の歴史について、もう少し知る必要がある。
日本では、善意から日韓親善や日朝友好を願っている人々が居るが、それらの人にしても朝鮮の歴史について無知で
あるから、善意は自己満足的なものであって、日本にとって危険なものを孕んでいる。
朝鮮人 韓国人は、そのようには、見ていないと云うことを知っておく必要がある。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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