これでも国家と言えるのか
投稿者: nasda20_03 投稿日時: 2003/08/23 17:22 投稿番号: [1024 / 43252]
From. nasda20_03
Sent. Saturday. August. 23, 2003. 5;30PM
Point. 核開発をしても、どうこうは言いたくないが、国民を如何する気かが、理解出来ない政治内容に苛立つ、討論内容も、また事実に立脚しているのかも疑問が多い
Subject. これでも国家と言えるのか
北の暴政証言 米上院小委で脱北女性
・
韓国流行歌口ずさみ収監/1食100グラム強制労働22時間
住民6割脱出考えている
【ワシントン=気仙英郎】米上院外交委員会の東アジア・太平洋問題小委員会は五
日、北朝鮮問題に関する公聴会を開き、北朝鮮を脱出した女性や米政府高官らが証言
した。脱北者の池海南さん(五四)は、韓国の流行歌を歌っただけで収監され、拷問
を受け強制労働をさせられた体験を証言。「北朝鮮住民の60%は脱北を試みようと
している」と語った。また、食糧援助に携わる米国際開発局(USAID)のナツィ
オス局長は、北朝鮮では「過去三回クーデター未遂があったが、北朝鮮が崩壊の危機
にあるという証拠はどこにもない」と、現在は比較的安定しているとの認識を示し
た。
池海南さんは大学卒業後、工場などを回って政府の政策を宣伝する仕事をしていた
が、朝鮮労働党幹部の不正や金正日総書記を神格化することなどに疑問を感じた、と
いう。
そして、そうした政治的すれ違いもあって夫と離婚。友人らと韓国の流行歌を歌う
ことをひそかな楽しみにしていたが、一九九三年五月に北朝鮮の情報機関、国家安全
保衛部に召喚され、事情を聴かれることもなく刑務所に収監された。韓国の歌を歌っ
たことが「不品行」とされ、罪に問われたのだという。
刑務所では、暴行を受け、禁固三年の刑が言い渡され、収容センターに送られた。
池さんは、幽閉状態に置かれ、常に監視がつき、毎日のように性的な暴力も受けたと
いう。
しかも、一日の食事は七百グラム足らずで、収監者が増えると食事の量も一食百グ
ラムまで減らされた。強制労働は一日二十二時間におよぶこともあった。死のうと考
え、クギを飲み自殺を図ったこともあったという。
池さんは、九五年九月に、金総書記の恩赦で釈放されたが、九八年に脱北を決断。
中国国境を警備する兵士に賄賂(わいろ)を渡し、中国側に脱出したが、ボートで韓
国に逃げようとして中国の国境警備隊に捕まり、北朝鮮に強制送還される十二月まで
拘留された。
池さんは北朝鮮で再び収監され、拷問を受けたが、それでもあきらめず再び脱北。
中国、ベトナム、カンボジア、タイを経由して、二〇〇二年一月、韓国にようやく亡
命した。
池さんは「難民の安全が保障されるようになれば、多くの北朝鮮住民が脱出を試み
るだろう」と証言。中国に難民を母国に送還しないことを定めた難民の地位に関する
国際条約を守るよう求め、「中国やモンゴルに脱北者の保護施設を設けてほしい」と
訴えた。
Sent. Saturday. August. 23, 2003. 5;30PM
Point. 核開発をしても、どうこうは言いたくないが、国民を如何する気かが、理解出来ない政治内容に苛立つ、討論内容も、また事実に立脚しているのかも疑問が多い
Subject. これでも国家と言えるのか
北の暴政証言 米上院小委で脱北女性
・
韓国流行歌口ずさみ収監/1食100グラム強制労働22時間
住民6割脱出考えている
【ワシントン=気仙英郎】米上院外交委員会の東アジア・太平洋問題小委員会は五
日、北朝鮮問題に関する公聴会を開き、北朝鮮を脱出した女性や米政府高官らが証言
した。脱北者の池海南さん(五四)は、韓国の流行歌を歌っただけで収監され、拷問
を受け強制労働をさせられた体験を証言。「北朝鮮住民の60%は脱北を試みようと
している」と語った。また、食糧援助に携わる米国際開発局(USAID)のナツィ
オス局長は、北朝鮮では「過去三回クーデター未遂があったが、北朝鮮が崩壊の危機
にあるという証拠はどこにもない」と、現在は比較的安定しているとの認識を示し
た。
池海南さんは大学卒業後、工場などを回って政府の政策を宣伝する仕事をしていた
が、朝鮮労働党幹部の不正や金正日総書記を神格化することなどに疑問を感じた、と
いう。
そして、そうした政治的すれ違いもあって夫と離婚。友人らと韓国の流行歌を歌う
ことをひそかな楽しみにしていたが、一九九三年五月に北朝鮮の情報機関、国家安全
保衛部に召喚され、事情を聴かれることもなく刑務所に収監された。韓国の歌を歌っ
たことが「不品行」とされ、罪に問われたのだという。
刑務所では、暴行を受け、禁固三年の刑が言い渡され、収容センターに送られた。
池さんは、幽閉状態に置かれ、常に監視がつき、毎日のように性的な暴力も受けたと
いう。
しかも、一日の食事は七百グラム足らずで、収監者が増えると食事の量も一食百グ
ラムまで減らされた。強制労働は一日二十二時間におよぶこともあった。死のうと考
え、クギを飲み自殺を図ったこともあったという。
池さんは、九五年九月に、金総書記の恩赦で釈放されたが、九八年に脱北を決断。
中国国境を警備する兵士に賄賂(わいろ)を渡し、中国側に脱出したが、ボートで韓
国に逃げようとして中国の国境警備隊に捕まり、北朝鮮に強制送還される十二月まで
拘留された。
池さんは北朝鮮で再び収監され、拷問を受けたが、それでもあきらめず再び脱北。
中国、ベトナム、カンボジア、タイを経由して、二〇〇二年一月、韓国にようやく亡
命した。
池さんは「難民の安全が保障されるようになれば、多くの北朝鮮住民が脱出を試み
るだろう」と証言。中国に難民を母国に送還しないことを定めた難民の地位に関する
国際条約を守るよう求め、「中国やモンゴルに脱北者の保護施設を設けてほしい」と
訴えた。
これは メッセージ 1023 (nasda20_03 さん)への返信です.
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