併合時代 広島にて
投稿者: mcpaghd9 投稿日時: 2005/03/30 20:21 投稿番号: [8277 / 85019]
イ・サンクム
「半分のふるさと」より。
2年生の2学期が半分くらい過ぎた頃、私は広島県宇品小学校へ転校した。
母は白いチマチョゴリと紺色の地色に白っぽい花模様があるチマという
完璧な朝鮮服の正装のいでたちだった。
母と教頭先生がなにやらやりとりしているとき、ジリリリンと
ベルが鳴った。
授業が終わったのだ。前の小学校では鐘をカンカンたたいたのに、
ここではベルが鳴るのである。
私はますます緊張した。担任の岡広先生が私の方を向いた。
「君は、今日から私の生徒だよ。わかったね。」
「はい。」
「君の名前はなにかね。」
「金村ひろこです。」
「ふーん、そうか。君のお母さんは、李相琴だといったんだが。」
「はい、それは、わたしの本当の名前です。」
「じゃ、金村ひろこという名前は、うその名前かい?」
「前の小学校にいくとき、わたしが付けた名前です。」
「おやおや、君が自分の名前を付けたのかい。おもしろい話じゃないか。
ところで、どうしようかな。君のお母さんは、ここに戸籍謄本まで提出して、
君の名前は李相琴だと念を押されたんだよ。君はどっちがいいかい?」
岡広先生はやさしい笑顔できいた。
突然私は、前の小学校の入学式を思い出した。
金村ひろこと呼ばれて、すぐ返事が出来なかったこと。
そのことでまぬけというあだ名を付けられ、どんなにつらかったことか。
「李相琴の方が好きです。」
「よしよし、じゃね、李相琴さんと呼んだら、しっかり返事するんだよ。」
私はこっくりうなずきながら、「はい。」とはっきり答えた。
教室の戸口から入った私を、みんなが一斉に見た。
岡広先生は、黒板に漢字で李相琴と書いた。
「李さんの家はもともと朝鮮なんだ。朝鮮とはね、朝の美しい国という意味
なんだよ。昔から学問や芸術が発達したところなんだ。
みんな李さんに親切にしてあげなさい。
さあ、拍手で歓迎しよう。」
教室いっぱいに、小さな手でたたく拍手の音が鳴り響いた。
私はうれしかった。ていねいに最敬礼した。
休み時間になると、いちばん後ろの席に座った私のところに、
何人かの女の子が来た。
みんな明るい顔でにこにこしている。
「李さん、げた箱と便所、教えてあげる。」
手を取り合って階段を下りたり上がったりしながら、案内してもらった。
私はすっかり幸せな気持になっていた。
弁当の時間が来た。みんなうきうきした笑い顔となって、
机の上に弁当を出してひらいた。
私も、母さんが弁当を入れてくれたので、みんながするようにならった。
岡広先生は、お昼時間にいつも本を読んだ。
悲しい話のときは、はなみずをふくように注意した。
おかしい話のときは、ごはんが口から飛び出さないように
手で口をふさぐように、ともいわれた。
毎日のお弁当の時間が、待ち遠しかった。
2年生の2学期が半分くらい過ぎた頃、私は広島県宇品小学校へ転校した。
母は白いチマチョゴリと紺色の地色に白っぽい花模様があるチマという
完璧な朝鮮服の正装のいでたちだった。
母と教頭先生がなにやらやりとりしているとき、ジリリリンと
ベルが鳴った。
授業が終わったのだ。前の小学校では鐘をカンカンたたいたのに、
ここではベルが鳴るのである。
私はますます緊張した。担任の岡広先生が私の方を向いた。
「君は、今日から私の生徒だよ。わかったね。」
「はい。」
「君の名前はなにかね。」
「金村ひろこです。」
「ふーん、そうか。君のお母さんは、李相琴だといったんだが。」
「はい、それは、わたしの本当の名前です。」
「じゃ、金村ひろこという名前は、うその名前かい?」
「前の小学校にいくとき、わたしが付けた名前です。」
「おやおや、君が自分の名前を付けたのかい。おもしろい話じゃないか。
ところで、どうしようかな。君のお母さんは、ここに戸籍謄本まで提出して、
君の名前は李相琴だと念を押されたんだよ。君はどっちがいいかい?」
岡広先生はやさしい笑顔できいた。
突然私は、前の小学校の入学式を思い出した。
金村ひろこと呼ばれて、すぐ返事が出来なかったこと。
そのことでまぬけというあだ名を付けられ、どんなにつらかったことか。
「李相琴の方が好きです。」
「よしよし、じゃね、李相琴さんと呼んだら、しっかり返事するんだよ。」
私はこっくりうなずきながら、「はい。」とはっきり答えた。
教室の戸口から入った私を、みんなが一斉に見た。
岡広先生は、黒板に漢字で李相琴と書いた。
「李さんの家はもともと朝鮮なんだ。朝鮮とはね、朝の美しい国という意味
なんだよ。昔から学問や芸術が発達したところなんだ。
みんな李さんに親切にしてあげなさい。
さあ、拍手で歓迎しよう。」
教室いっぱいに、小さな手でたたく拍手の音が鳴り響いた。
私はうれしかった。ていねいに最敬礼した。
休み時間になると、いちばん後ろの席に座った私のところに、
何人かの女の子が来た。
みんな明るい顔でにこにこしている。
「李さん、げた箱と便所、教えてあげる。」
手を取り合って階段を下りたり上がったりしながら、案内してもらった。
私はすっかり幸せな気持になっていた。
弁当の時間が来た。みんなうきうきした笑い顔となって、
机の上に弁当を出してひらいた。
私も、母さんが弁当を入れてくれたので、みんながするようにならった。
岡広先生は、お昼時間にいつも本を読んだ。
悲しい話のときは、はなみずをふくように注意した。
おかしい話のときは、ごはんが口から飛び出さないように
手で口をふさぐように、ともいわれた。
毎日のお弁当の時間が、待ち遠しかった。
これは メッセージ 8260 (hiro1973may さん)への返信です.
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