どうだい?朝鮮人
投稿者: himajin1232001 投稿日時: 2009/03/16 02:22 投稿番号: [82257 / 85019]
在日韓国人は韓日どちらでもマイノリティー」
在日韓国人劇作家の鄭義信氏、中央大教授としてソウル生活スタート
『焼肉ドラゴン』
少年のような笑顔を浮かべ、野球が好きだという在日韓国人劇作家・鄭義信(チョン・ウィシン)氏。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を見ているときの本音は“日本負けろ、韓国頑張れ”だけれども、日本人の前では言えないね」と言いながら笑った(写真=イ・テギョン記者)。 「日本でも韓国でも、在日韓国人は捨てられた民、つまりマイノリティー。わたしの祖母や父、わたし自身の生き様をありのままに描きたかった」
演劇『焼肉ドラゴン』で日本の2大演劇賞である朝日舞台芸術賞と読売演劇大賞に輝いた在日韓国人劇作家・鄭義信(チョン・ウィシン)氏(51)が韓国にやって来た。中央大学の招聘(しょうへい)教授(1年)として、今月からソウルでの生活をスタートさせた彼は「韓国ではわたしは異邦人のよう」と言った。演出法や戯曲作家論を教えるとのことだが、「緊張しすぎて学生の顔を真っすぐ見ることもできないんです」と笑った。
『焼肉ドラゴン』は40年前の大阪を舞台に、立ち退きを迫られる在日韓国人一家の生き様を描いた韓日合作劇だ。昨年4月に東京で初演され、5月にソウル公演が行われた。この作品は既に五つもの賞を受賞しているが、さらに16日には鶴屋南北戯曲賞、17日には文部科学大臣賞が贈られる。日本の文部科学大臣賞が在日韓国人に授与されるのは初めてのことだ。
ビートたけし(北野武)主演の映画『血と骨』(2004年)の脚本を書いたことでも有名な鄭義信氏は1957年、兵庫県姫路市に生まれた。両親は古物商を営み、小さいころは母方の祖母に育てられた。祖母は韓国で過ごした少女時代の話を繰り返し聞かせてくれた。孫が「帰りたい?」と聞くと、祖母はこうつぶやいたという。「帰りたくても誰もいないの。誰も…」。祖母はこの世を去るまで、故国の土を再び踏むことはなかった。鄭義信氏は、「わたしが書くストーリーは祖母の人生の嘆き。悲しみと喜びから生まれたもの」と語る。
『焼肉ドラゴン』『杏仁豆腐のココロ』といった鄭義信氏の作品には、食事のシーンが必ず登場する。「食べるという行為は原始的な欲求。でも、男が食べる姿はあまりきれいじゃないでしょ。むしろ面白おかしい。しかし、よくよく見てみると、悲しくなる。だから“あれが人生だな”って思うんです。死に物狂いでやっているのに、ちょっと離れたところから見ると笑えるし、悲しい…人生そのものだと思います」
鄭義信氏は「演劇は祭祀(さいし)のよう」とも言った。先祖を祭るためのごちそうを作る(芝居を作る)人々は特別なものを用意するが、何の関係もない人々は祭祀の場で食い散らかしていく(劇場に来て見ていく)からだ。いい芝居とは何かと尋ねてみると、「“そこ(舞台)に人が暮らしている”ということではないでしょうか。彼らと共に泣き笑うことができたら、それがすばらしい芝居です」という答えが返ってきた。
朴敦圭(パク・トンギュ)記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
在日韓国人劇作家の鄭義信氏、中央大教授としてソウル生活スタート
『焼肉ドラゴン』
少年のような笑顔を浮かべ、野球が好きだという在日韓国人劇作家・鄭義信(チョン・ウィシン)氏。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を見ているときの本音は“日本負けろ、韓国頑張れ”だけれども、日本人の前では言えないね」と言いながら笑った(写真=イ・テギョン記者)。 「日本でも韓国でも、在日韓国人は捨てられた民、つまりマイノリティー。わたしの祖母や父、わたし自身の生き様をありのままに描きたかった」
演劇『焼肉ドラゴン』で日本の2大演劇賞である朝日舞台芸術賞と読売演劇大賞に輝いた在日韓国人劇作家・鄭義信(チョン・ウィシン)氏(51)が韓国にやって来た。中央大学の招聘(しょうへい)教授(1年)として、今月からソウルでの生活をスタートさせた彼は「韓国ではわたしは異邦人のよう」と言った。演出法や戯曲作家論を教えるとのことだが、「緊張しすぎて学生の顔を真っすぐ見ることもできないんです」と笑った。
『焼肉ドラゴン』は40年前の大阪を舞台に、立ち退きを迫られる在日韓国人一家の生き様を描いた韓日合作劇だ。昨年4月に東京で初演され、5月にソウル公演が行われた。この作品は既に五つもの賞を受賞しているが、さらに16日には鶴屋南北戯曲賞、17日には文部科学大臣賞が贈られる。日本の文部科学大臣賞が在日韓国人に授与されるのは初めてのことだ。
ビートたけし(北野武)主演の映画『血と骨』(2004年)の脚本を書いたことでも有名な鄭義信氏は1957年、兵庫県姫路市に生まれた。両親は古物商を営み、小さいころは母方の祖母に育てられた。祖母は韓国で過ごした少女時代の話を繰り返し聞かせてくれた。孫が「帰りたい?」と聞くと、祖母はこうつぶやいたという。「帰りたくても誰もいないの。誰も…」。祖母はこの世を去るまで、故国の土を再び踏むことはなかった。鄭義信氏は、「わたしが書くストーリーは祖母の人生の嘆き。悲しみと喜びから生まれたもの」と語る。
『焼肉ドラゴン』『杏仁豆腐のココロ』といった鄭義信氏の作品には、食事のシーンが必ず登場する。「食べるという行為は原始的な欲求。でも、男が食べる姿はあまりきれいじゃないでしょ。むしろ面白おかしい。しかし、よくよく見てみると、悲しくなる。だから“あれが人生だな”って思うんです。死に物狂いでやっているのに、ちょっと離れたところから見ると笑えるし、悲しい…人生そのものだと思います」
鄭義信氏は「演劇は祭祀(さいし)のよう」とも言った。先祖を祭るためのごちそうを作る(芝居を作る)人々は特別なものを用意するが、何の関係もない人々は祭祀の場で食い散らかしていく(劇場に来て見ていく)からだ。いい芝居とは何かと尋ねてみると、「“そこ(舞台)に人が暮らしている”ということではないでしょうか。彼らと共に泣き笑うことができたら、それがすばらしい芝居です」という答えが返ってきた。
朴敦圭(パク・トンギュ)記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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