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ちょっと気に成った半島の戦後:其の5-2

投稿者: nandakana2008 投稿日時: 2009/02/04 20:25 投稿番号: [81674 / 85019]
まぁ、もう少しなので、ご勘弁。

【1950年(昭和25年):朝鮮戦争の勃発】

[6月29日]
マッカーサーが前線を視察。
東京へ戻った後、彼は本国の陸軍参謀総長に在日米軍4個師団の内、2個師団を投入する様に進言したが、大統領の承認は得ていなかった。マッカーサーは、本国からの回答が届く前に、「B-29」を日本から発進させ、北朝鮮が占領した金浦空港を空襲。
トルーマンはマッカーサーに、1個師団のみ派兵を許可。

[7月3日]
韓国軍参謀総長   蔡秉徳(日本陸士49期卒・元帝國陸軍少佐)が解任され、丁一権(日本陸士55期)が新たに参謀総長となり、混乱した軍の建て直しを計る。派遣された米軍先遣隊は7月5日の烏山の戦いで敗北。

[7月7日]
アメリカ軍25万人を中心としてイギリス、オーストラリアなども加わった国連軍が結成。

[7月]
北朝鮮軍と左翼勢力は、忠北清州や全羅北道金堤で大韓青年団員、区長、警察官、地主やその家族などの民間人を右翼活動の経歴があるなどとして大量虐殺。←(ここに注目)

[8月10日]
我が国において、GHQのポツダム政令の一つである「警察予備隊令」(昭和25年政令第260号)により、警察予備隊(現自衛隊の前身)が設立。

[9月15日]
仁川に国連軍が上陸。
国連軍は、仁川上陸作戦(クロマイト作戦)と、これに連動した「スレッジハンマー作戦」を実施し、国連軍の大規模な反攻が開始。
此れに在日学徒義勇軍(この時点で在日韓国人ら)の第1陣546人が参戦。参戦した志願兵は641人中144人が戦死。(戦後、約半数が韓国に残留)

[9月28日]
国連軍がソウルを奪還。
この時に敗走した北朝鮮兵の残党が韓国内でゲリラ化、国連軍を悩ます。

[10月1日]
韓国軍は国連軍の承認を受けて、単独で38度線を突破。

【1950年(昭和25年):朝鮮戦争の勃発】

[10月2日]
韓国軍の進撃に対し、北朝鮮は中華人民共和国首脳に参戦を要請。
中華人民共和国の国務院総理(首相)の周恩来は、「国連軍が38度線を越境すれば参戦する」と警告。

[10月6日]
米極東海軍司令官から山崎猛運輸大臣に対し、日本の掃海艇(元帝國海軍艦船)使用について、文書を以て指令が通達される

[10月9日]
国連軍が38度線を超えて進撃。

[10月10日]
海上保安庁の特別掃海隊(元帝國海軍軍人)が元山沖に到着。

[10月12日]
海上保安庁の特別掃海隊、掃海作業に着手。


[10月20日]
国連軍が北朝鮮の臨時首都・平壌を制圧。
先行していた韓国軍は一時中朝国境の鴨緑江に達するが、中国人民志願軍は山間部を移動し、神出鬼没な攻撃と人海戦術により国連軍を圧倒。
その山間部を進撃していた韓国第二軍が壊滅。
黄海側、日本海側を進む国連軍も包囲され、38度線近くまで潰走。

[12月5日]
中国人民軍解放軍と北朝鮮人民軍(以後、中朝軍と記す)が平壌を占領。

[12月15日]
アメリカ極東海軍司令官は文書を以て掃海作業の終了を指示、海上保安庁の掃海任務完了。以後、制海権はアメリカ側に。
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