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マルセ太郎さんの教育論の抜粋

投稿者: mamiyu1953 投稿日時: 2003/09/27 12:56 投稿番号: [721 / 85019]
「ぼくが中学校に入ったときに思ったんですよ。なんで英語というのは、I のばあい am、Youのばあいは are、She のばあいは is と、いちいち変わるんだ。本気に中学生を苦しめるためにこういう変化を考えたのか。なんで日本語みたいにすきっといかないのか」と。
  I am a boy. これをぼくらは日本語で「私は少年です」と習いました。それで、きみたちも「です」というふうに教わっているのかと聞くと、みんな「はい」と答えるわけです。変わってないですね、この五〇年間。ぼくが英語の先生だったら、ここでちがう。あれは、「です」といってはいけない。あれは、「です」ではない。It is a pen. 「それはペンです」の「です」は is ではない、と教えますよ。isというBe動詞は日本語にはないと教えるべきなんです。こういう教え方に、こっちから勉強して欧米の文化を知ろうとする姿勢が出てくるんですよ。だって、日本語にはないんです。Be動詞という存在を表わす概念は。日本はけっして単一民族の国ではないんですが、習慣も言葉もまあまあ全国で通用するから、単一民族と思い込んでしまっている。だから、「私は」とかの存在を示す必要がないから、存在を表わすことばがないわけです。
  I am は「私はいる」、You are は「あなたはいる」……、それで、あの有名なシェークスピアのTo be or not to be, that is a question. の、to be は「存在することは生きること」、そして、or not to be は「存在しないことは死ぬということ」というのがあるわけです。
  ところが、日本では存在という意識が弱い。それでなにをやっているかといえば、しょうもない競争ですよ。だれかと比較したうえでの競争をやらせる。このクラスでだれが一番か?   と。この競争の最もいやらしいところは、必ず隣り近所を相手に競争させること。はるかに超えた人間とは競争させない。日本のスポーツ選手が一〇〇メートル競走で、アメリカの選手に勝つ気で競走しますか。勝とうなんてこと、はなっから考えていないじゃないですか。予選を通過すれば大万歳。じゃあどこに勝てばいいかというと、これが隣り近所の韓国に勝てばいい、と。せいぜい、アジアで一番になればいいというわけです。
  だから、いつか金メダルの数で韓国に負けて、年寄りたちは怒ったじゃないですか。「教育がなっとらん。根性がない。大和魂を思い出せ」なんて。そうやって煽って、競争に駆り立てていったんです。学校の先生も「自信をもってやれば不可能はない」とか、   「自信をもってあたれ」っていうけど、そんな自信はくそくらえですよ。そこから差別が生まれるわけなんだから。そこで私は、「Be動詞への自信をもて」という話をしたんですよ。「私はここにいる。あなたはあなたであり、彼は彼である」ということにたいする自信です。そこからさらに発展して「自己愛」の問題につなげていったんですよ。「自己愛こそ大切である」と。
  この自己愛ということばは、自分さえよければいいという利己主義と混同されやすいんですが、そうではないんだと説明したわけです。分かりやすく。そういう話が中学校一、二年の子どもたちにも通じたんですよね。「存在と意識」という一つの哲学の話なんですが。こういうことは珍しいといわれているんですけど、まあぼくにいわせれば、中学校ぐらいの先生だったらそのくらいのことを教えるべきだと思う。
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