桂小五郎−後の木戸孝允−が
投稿者: sakamotonoryouma 投稿日時: 2005/03/17 22:33 投稿番号: [7010 / 85019]
村田蔵六(大村益次郎−彰義隊を掃討し、後に招魂社「靖国神社」を建てた)に竹島の問題について打診している。
http://www13.ocn.ne.jp/~dawn/
この中の「村田蔵六との出会い」の中で「小五郎は松陰に説かれた竹島開拓の計画について、幕府の意向を打診するよう蔵六に依頼していました。その蔵六がちょうど帰国しており、小五郎を自宅に訪ねてきたのです。のちに竹島開拓の内願書を老中久世大和守広周に提出しているのをみると、蔵六がこの計画を進めても問題ない旨を小五郎に話したのでしょう。」とあり、「開拓案は結果的に藩政府の命令で中止になります」が日本の領土の確定という後の明治新政府にとって大切な事柄に触れている。このとき、長州藩がキチンと対応しておけば−つまり、開拓計画を進めておけば−島根県が苦慮する事もなかったのではないのだろうか。
これは メッセージ 6961 (twopiace さん)への返信です.
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