日本は「侵略」か「侵攻」か ★
投稿者: layla_24600 投稿日時: 2007/12/21 12:57 投稿番号: [63753 / 85019]
投稿者 :
baby_noiz_119_2さん
≪アグレッションの訳語は「侵略」か「侵攻」か≫
ここで Aggression を「侵攻」と訳す理由について一言しておきたい。わが国では官民を問わずAggression を「侵略」と機械的に訳す傾向強いが、この訳語は厳密には正しくないと考えられる。オックスフォード、ウエブスター、チェンバー等の英米の辞書では、Unprovoked attack(挑発を受けないのに行う攻撃)、First Act Of Enmity(Hostility)(最初の敵対行為)が、Aggressionの意味とされている。しかるに、侵略は、わが国の代表的国語辞典である『広辞苑』では「他国に侵入してその土地や財物を奪い取ること」とされており、同辞典で「侵入」は、「無理にはいりこむこと」とされているので、結局「侵略」とは「他国に無理にー正当な理由(法的根拠)がないのにー入り込んでその土地や財物を奪い取ること」を意味して、「不法な略奪行為」を含蓄することになる。⇒このような意味なら日本は中・朝に「Aggression」いない。
このような意味は英語ではInvasion(or Aggression)、Pillage and/or annexation とでも書けば表現されよう。小学館『国語大辞典』でお「他国に侵入して財物や領土をうばいとること」、角川書店『角川漢和中辞典』でも「他国に攻め入って土地を奪い取ること」と説明され、日本語としての侵略には悪い行為であるとの価値判断が内臓されていることがわかる。
これに対し、英語のアグレッションは、米国マクミラン社刊『社会科学辞典』、同じくマクミラン社・フリープレス社刊『国際社会科学辞典』などの解説から知られるように、本来オフェンス(offense - 攻撃)と同義的に使われ、場合に応じて適宜「攻撃」、「進攻」、「進撃」、「進攻」「先攻」などのいずれかに訳されてよく、しかしどちらかといえば敵国の軍事行動を非難する場合に用いられて、自国のそれには使用されない言葉であることが理解される。
≪侵攻戦争は国際法上の「犯罪」ではない》
戦後わが国では、「日本は国際法上の犯罪行為である侵略戦争を行った悪い国である」という命題が、ほしいままにのさばってきた。国際法学者と自他ともに認める人間が、そのようなことを平気で話したり書いたりしている。素人はいたしかたない。しかし、国際法を専門に研究しているはずの者が、どうしてそのようなことができるのだろうか。第一、ウオー・オブ・アグレッションを「攻撃戦争」ないしせいぜい「侵攻戦争」と訳すことなく、「侵略戦争」と訳し、しかも日本を侵略国家と罵倒して平然としておられる神経は、普通のものではない。⇒どうしてこのような売国奴が生じたか?
東京裁判ではーニュルンベルグ裁判でも同じだがー連合国側は「国際法」に準拠して裁判を行うという建前をとっていた。チャーチルが最初考えたように、ある朝、敗戦枢軸国の首脳を広場に引きずり出して、あっさり銃殺してくれていたら、事態はどんなにすっきりしたことであろう。生殺与奪は勝者の特権とあきらめもつこうというものだ。
しかるに、実際には、文明を原告とし国際法を裁判基準とするという奇麗事に終始したのが、東西のいわゆるA級戦犯(平和に対する罪またはそれを含む犯した者)の裁判だった。BC級戦犯(B級は交戦法規違反の現地責任者、C級は交戦法規違反の下手人)の裁判でも程度の差こそあれ看取されたことだが、A級戦犯裁判では「非司法性」、「政治性」、「偽善」の特質が顕著だった。
≪伝統的に合法的だった「戦争」≫
ところで、この点が日本国民の間でよく認識されていないところなのだが、国際法では戦争は伝統的に「合法的な制度」とされていたのである。
「決闘の法理」というが、往昔、騎士や紳士が名誉や意地などのために相互に決闘を行うとき、人格平等な両者の間では道義的ないし法的優劣を決定することが困難であったように、平等な主権国的地位を持つ国家が相互間で利害関係の衝突を招来し、平和的手段をもってしては満足すべき解決を達成できない場合に、戦争に訴えることはやむを得ざることとして容認され、ただ戦争の手段・方法が「戦争の人道化」の見地から法的に規制された。
baby_noiz_119_2さん
≪アグレッションの訳語は「侵略」か「侵攻」か≫
ここで Aggression を「侵攻」と訳す理由について一言しておきたい。わが国では官民を問わずAggression を「侵略」と機械的に訳す傾向強いが、この訳語は厳密には正しくないと考えられる。オックスフォード、ウエブスター、チェンバー等の英米の辞書では、Unprovoked attack(挑発を受けないのに行う攻撃)、First Act Of Enmity(Hostility)(最初の敵対行為)が、Aggressionの意味とされている。しかるに、侵略は、わが国の代表的国語辞典である『広辞苑』では「他国に侵入してその土地や財物を奪い取ること」とされており、同辞典で「侵入」は、「無理にはいりこむこと」とされているので、結局「侵略」とは「他国に無理にー正当な理由(法的根拠)がないのにー入り込んでその土地や財物を奪い取ること」を意味して、「不法な略奪行為」を含蓄することになる。⇒このような意味なら日本は中・朝に「Aggression」いない。
このような意味は英語ではInvasion(or Aggression)、Pillage and/or annexation とでも書けば表現されよう。小学館『国語大辞典』でお「他国に侵入して財物や領土をうばいとること」、角川書店『角川漢和中辞典』でも「他国に攻め入って土地を奪い取ること」と説明され、日本語としての侵略には悪い行為であるとの価値判断が内臓されていることがわかる。
これに対し、英語のアグレッションは、米国マクミラン社刊『社会科学辞典』、同じくマクミラン社・フリープレス社刊『国際社会科学辞典』などの解説から知られるように、本来オフェンス(offense - 攻撃)と同義的に使われ、場合に応じて適宜「攻撃」、「進攻」、「進撃」、「進攻」「先攻」などのいずれかに訳されてよく、しかしどちらかといえば敵国の軍事行動を非難する場合に用いられて、自国のそれには使用されない言葉であることが理解される。
≪侵攻戦争は国際法上の「犯罪」ではない》
戦後わが国では、「日本は国際法上の犯罪行為である侵略戦争を行った悪い国である」という命題が、ほしいままにのさばってきた。国際法学者と自他ともに認める人間が、そのようなことを平気で話したり書いたりしている。素人はいたしかたない。しかし、国際法を専門に研究しているはずの者が、どうしてそのようなことができるのだろうか。第一、ウオー・オブ・アグレッションを「攻撃戦争」ないしせいぜい「侵攻戦争」と訳すことなく、「侵略戦争」と訳し、しかも日本を侵略国家と罵倒して平然としておられる神経は、普通のものではない。⇒どうしてこのような売国奴が生じたか?
東京裁判ではーニュルンベルグ裁判でも同じだがー連合国側は「国際法」に準拠して裁判を行うという建前をとっていた。チャーチルが最初考えたように、ある朝、敗戦枢軸国の首脳を広場に引きずり出して、あっさり銃殺してくれていたら、事態はどんなにすっきりしたことであろう。生殺与奪は勝者の特権とあきらめもつこうというものだ。
しかるに、実際には、文明を原告とし国際法を裁判基準とするという奇麗事に終始したのが、東西のいわゆるA級戦犯(平和に対する罪またはそれを含む犯した者)の裁判だった。BC級戦犯(B級は交戦法規違反の現地責任者、C級は交戦法規違反の下手人)の裁判でも程度の差こそあれ看取されたことだが、A級戦犯裁判では「非司法性」、「政治性」、「偽善」の特質が顕著だった。
≪伝統的に合法的だった「戦争」≫
ところで、この点が日本国民の間でよく認識されていないところなのだが、国際法では戦争は伝統的に「合法的な制度」とされていたのである。
「決闘の法理」というが、往昔、騎士や紳士が名誉や意地などのために相互に決闘を行うとき、人格平等な両者の間では道義的ないし法的優劣を決定することが困難であったように、平等な主権国的地位を持つ国家が相互間で利害関係の衝突を招来し、平和的手段をもってしては満足すべき解決を達成できない場合に、戦争に訴えることはやむを得ざることとして容認され、ただ戦争の手段・方法が「戦争の人道化」の見地から法的に規制された。
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