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Re: 基本的には笑えない その3.

投稿者: ywnpn069 投稿日時: 2007/12/07 20:16 投稿番号: [62305 / 85019]
プフ僧侶が村に帰ってきた時、寺は既に修羅場と化していた. プフ僧侶は火にくべられていた五人の僧侶の死体を近隣の小屋へと移した. 死体奪取に対する不安からあった. このことが伝えられると, パンラン地域全域の学校が休学を決議して, 学生達と仏教徒たちが一斉に蜂起した. “ベトナム政府は良民虐殺を即刻中断しなさい!” “人殺しはベトナムを出て行け”等等、凄まじい叫び声がパンランを巻きこんで, 僧侶たちの死体は12日を過ぎてやっと火葬できた.

“火葬をしても、僧たちを安息させられなかった. 僧たちを祭る寺が消えたからですよ. 僧たちの骨を壷に納めていたのですが、やっと昨年、この寺に安置してあげましたよ.”プフ僧侶がやや低めな声で話を続けた. 韓国軍人たちの銃器乱射事件で廃虚になった寺は、その後また再び爆撃を受けて跡形もなく消えた. そして、昨年、仏教徒の在米ベトナム同胞の援助でまた寺が建てられた. プフ僧侶は30年ぶりに住持僧としてこの寺に帰ってくることができた. 寺の前に当時死んだ僧侶たちの遺骨が納められた三重塔がある. 私たち一行はその前に頭を下げて、僧侶たちの冥福を祈った.

どちらかというと、私達がリンソン寺で聞かなければならなかった話は、今から会う、数多くの証言の中でも最も安らかな話になるかもしれない. 大雄宝殿の席から見下ろすと, 空と海と野原がひと目で見渡せた. どこに目を向けても、限りなく平和なだけの, 限りなく懐かしいだけの風景, しかしその中には、まだどれくらい多くの話が隠されているのだろうか?. ‘私と私たち’一行は、韓国軍の軍事作戦が最も熾烈に展開された中部地方にまた再び旅立ち, 筆者はリンソン寺を振り返りながら、振り払えない重い歩みでホーチミンに帰ってきた.
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