Re: 今朝も気持ちがいい
投稿者: november_3_2007 投稿日時: 2007/12/01 17:21 投稿番号: [61557 / 85019]
>東の空からかすかに変わる朝日の果ては
>希望溢れる高貴な国がある
>朝の鮮やかな国、朝鮮
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1979年、日本の古代史研究家・鹿島昇は、ソウルで在野歴史研究グループと接触、本書の刊本を託された。
鹿島は、漢字の白文だった本書を全て読み下し、自らの研究の成果を盛り込んだ詳細な注釈を付けた。
鹿島による『全訳桓檀古記』はやがて韓国に逆輸入され、一大ブームを巻き起こすことになったのである。
本書を信奉する在野歴史研究グループは政府に圧力をかけ、結果として彼らの主張は1990年以降の韓国歴史教科書に
大きく反映されることになる。
桓檀古記に日本に関する記述が頻出しているのは、一見、日本を属国視しているようで、実は真の著者が抱く親日的傾向の
表れではないかという批判もあった。実際、本書を読むと戦後日本の古代史ブームの中で生まれた説をたくみに取り込んで
いるような所がある。
こうなると本書の成立は、日韓併合時どころか、独立後ということになってきたのである。
どのように日本古代史を取り込んだか、その例を挙げてみよう。
まず、太白逸史より、大震国が奈良時代の日本と修交するにあたって、両国の深い繋がりを探ろうとした、という箇所。
「日本に旧くは伊国有り、また伊勢と曰ふ。倭と同隣す。伊都国は筑紫に在り。また、即ち日向国なり。これより以東は倭に属す。
即ち盤余彦の古邑なり」
この盤余彦という人物は何の説明も無く突然出てくる。朝鮮史においては、この人物は存在しないが、
日本史なら、すぐに該当する人物を見つけ出せる。 神日本磐余彦尊、すなわち神武天皇その人である。
ちなみに伊都国が日向であり、神武天皇の発進地で、そこには伊勢神宮の原型まであったという説は、考古学者・原田大六が、
1966年に著書『実在した神話』で発表したものだ。
この文章の真の作者が、原田の著作を読んでいた可能性は高い。戦前の日本の教科書で教育を受けた韓国人にとって、
神武天皇は馴染み深い人物だったはずだ。真の著者は、神武天皇が李朝初期の朝鮮人にとって、説明不要で済む人物ではない
ということを、失念していたようである。
日本神話の神をちょっとした書き換えで檀君朝鮮の人物にした例もある。檀君世紀には、第35世檀君の事績として
次のように書いている。
「戊午五十年、帝、将・彦波弗哈を遣わし、海上の熊襲を平らげしむ」
熊襲といえば、記紀で九州に居たとされる部族だろう。その熊襲を討伐した将軍のモデルは神武天皇の父、ウガヤフキアヘズである。
「彦波瀲武鵜草葺不合尊」この名を省略して、「彦波」「不合」だけ残し、あとは少し字面を変えれば檀君朝鮮の出来上がりだ。
日本人からそのことを指摘されても、「その通り、神武天皇は檀君朝鮮の一武将に過ぎなかった。檀君朝鮮と日本、どちらが宗主国だったかは
明らかだ」と答えればよい。
韓国人の妄想が、偽史を大量生産しているのである。
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ttp://www.kase-hideaki.co.jp/k007/trees.cgi?log=
>希望溢れる高貴な国がある
>朝の鮮やかな国、朝鮮
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1979年、日本の古代史研究家・鹿島昇は、ソウルで在野歴史研究グループと接触、本書の刊本を託された。
鹿島は、漢字の白文だった本書を全て読み下し、自らの研究の成果を盛り込んだ詳細な注釈を付けた。
鹿島による『全訳桓檀古記』はやがて韓国に逆輸入され、一大ブームを巻き起こすことになったのである。
本書を信奉する在野歴史研究グループは政府に圧力をかけ、結果として彼らの主張は1990年以降の韓国歴史教科書に
大きく反映されることになる。
桓檀古記に日本に関する記述が頻出しているのは、一見、日本を属国視しているようで、実は真の著者が抱く親日的傾向の
表れではないかという批判もあった。実際、本書を読むと戦後日本の古代史ブームの中で生まれた説をたくみに取り込んで
いるような所がある。
こうなると本書の成立は、日韓併合時どころか、独立後ということになってきたのである。
どのように日本古代史を取り込んだか、その例を挙げてみよう。
まず、太白逸史より、大震国が奈良時代の日本と修交するにあたって、両国の深い繋がりを探ろうとした、という箇所。
「日本に旧くは伊国有り、また伊勢と曰ふ。倭と同隣す。伊都国は筑紫に在り。また、即ち日向国なり。これより以東は倭に属す。
即ち盤余彦の古邑なり」
この盤余彦という人物は何の説明も無く突然出てくる。朝鮮史においては、この人物は存在しないが、
日本史なら、すぐに該当する人物を見つけ出せる。 神日本磐余彦尊、すなわち神武天皇その人である。
ちなみに伊都国が日向であり、神武天皇の発進地で、そこには伊勢神宮の原型まであったという説は、考古学者・原田大六が、
1966年に著書『実在した神話』で発表したものだ。
この文章の真の作者が、原田の著作を読んでいた可能性は高い。戦前の日本の教科書で教育を受けた韓国人にとって、
神武天皇は馴染み深い人物だったはずだ。真の著者は、神武天皇が李朝初期の朝鮮人にとって、説明不要で済む人物ではない
ということを、失念していたようである。
日本神話の神をちょっとした書き換えで檀君朝鮮の人物にした例もある。檀君世紀には、第35世檀君の事績として
次のように書いている。
「戊午五十年、帝、将・彦波弗哈を遣わし、海上の熊襲を平らげしむ」
熊襲といえば、記紀で九州に居たとされる部族だろう。その熊襲を討伐した将軍のモデルは神武天皇の父、ウガヤフキアヘズである。
「彦波瀲武鵜草葺不合尊」この名を省略して、「彦波」「不合」だけ残し、あとは少し字面を変えれば檀君朝鮮の出来上がりだ。
日本人からそのことを指摘されても、「その通り、神武天皇は檀君朝鮮の一武将に過ぎなかった。檀君朝鮮と日本、どちらが宗主国だったかは
明らかだ」と答えればよい。
韓国人の妄想が、偽史を大量生産しているのである。
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ttp://www.kase-hideaki.co.jp/k007/trees.cgi?log=
これは メッセージ 61550 (elgfaret さん)への返信です.
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