Re: 勉強になりました、ありがとう。
投稿者: ywnpn069 投稿日時: 2007/11/18 21:34 投稿番号: [59753 / 85019]
嘗糞
嘗糞(しょうふん 상분)は朝鮮古来の民俗医術の一つ。
人の糞を舐めてその味が苦ければその人物の体調は良くなっており、甘ければ体調が悪化していると判断する。
過去には、6年以上父母の糞を嘗めつづけ、病気を治した孝行息子の話などの記録があり、指を切って血を飲ませる行為と共に親に対する最高の孝行の一つとされた。
中国の南北朝時代や唐代の説話として現れる。『二十四孝』や『日記説話』によれば南斉時代に、庚黔婁と言う役人が父親が病気になったので帰郷すると医者に、糞を嘗めて見ないと状態が解らないと言われ、その味が甘かったので憂いたと言う「嘗糞憂心」の故事が残っている。ただし、これらの伝説と朝鮮における嘗糞との関連性はよく分かっていない。
後に娯楽化し、人の糞を舐めてその味で誰の糞であるか当てる遊びが流行した。
トンケ(犬食文化)
韓国では庭先などで人糞を食べさせて育てた犬肉を最高級とする風習があり、贈答用にまで使われた。これを「トンケ」という。トンは糞、ケは犬の意味である。子どもなどが庭先で糞をすると綺麗に尻の穴まで舐めてくれたという。(犬を人糞で育てる習俗はモンゴルにもあるが、ここでは逆にゲルの成員の糞を与えて育てた犬を、ゲル周辺を警備し、よそ者の侵入を防ぐ忠犬として養育するという異質な要素を持つ。)
大便酒
梅毒の治療に効果があるとされる。
製造方法は、竹の筒に焼酎を入れて、注ぎ口は蝋で密閉し、便壺に半年以上漬け込む。
それを便壺から取り出して、表面をよく洗った後に飲む。半年以上飲用を続けるのが良いとされる。
本当に効果が有るかどうかは不明。
路上での脱糞
李朝末期の朝鮮を訪れた英国人の旅行記には、大便で遊ぶ庶民の姿が記録されている。
日本統治時代、朝鮮総督府は路上での脱糞を禁止する命令を何度も出したが効果は無かった。
妓生
妓生(きしょう、キーセン)現代では朝鮮半島の娼婦を指す言葉で一部が日本の芸妓に当たる。狭義では李氏朝鮮統治下、清の皇帝からの使者や高官を歓待するために準備された日本で言う花魁から遊女にいたるまでの女性賤民身分であった。 初潮前の少女を妓生とすることも多かったが、日韓併合後に、少女を妓生とすることを禁止した。 大韓帝国の時代までこの風習は続いたが、日韓併合後には日本によって日本の公娼制度に組み入れられた。
妓生の起源は、新羅や高麗にさかのぼる。
明を支援した李氏朝鮮が清に敗北後に結んだ降伏条約により、清の使者を歓待する妓生は処女以外認められず、違反が発見されれば使者は罰則を言い渡す権利を持っていた。使者は妓生を母国に持ち帰ることもできた。李氏朝鮮では厳格な儒教思想が広まっており、処女ではない女性の結婚は非常に困難であった。幸運にも妾として迎え入れられる場合もあったものの、妓生になった場合、他の身分になることは困難であった。帰宅した場合、家族が一族の名誉のために女性を殺害していた。徴集とその後の事実上の奴隷化を避けるため、李氏朝鮮では早婚が常民以上の階級では一般化した。未婚の女性の徴集を避けるための賄賂が横行し、白丁の女性を略取し、身分を偽らせて差し出すこともあった。併合後も早婚の慣習は続き、他の男性との交友に対して慣習法が優先され、姦通罪が適応されたこともあった。
・・・公平君、こんなページ乗せないほうが良かったんじゃないか
嘗糞(しょうふん 상분)は朝鮮古来の民俗医術の一つ。
人の糞を舐めてその味が苦ければその人物の体調は良くなっており、甘ければ体調が悪化していると判断する。
過去には、6年以上父母の糞を嘗めつづけ、病気を治した孝行息子の話などの記録があり、指を切って血を飲ませる行為と共に親に対する最高の孝行の一つとされた。
中国の南北朝時代や唐代の説話として現れる。『二十四孝』や『日記説話』によれば南斉時代に、庚黔婁と言う役人が父親が病気になったので帰郷すると医者に、糞を嘗めて見ないと状態が解らないと言われ、その味が甘かったので憂いたと言う「嘗糞憂心」の故事が残っている。ただし、これらの伝説と朝鮮における嘗糞との関連性はよく分かっていない。
後に娯楽化し、人の糞を舐めてその味で誰の糞であるか当てる遊びが流行した。
トンケ(犬食文化)
韓国では庭先などで人糞を食べさせて育てた犬肉を最高級とする風習があり、贈答用にまで使われた。これを「トンケ」という。トンは糞、ケは犬の意味である。子どもなどが庭先で糞をすると綺麗に尻の穴まで舐めてくれたという。(犬を人糞で育てる習俗はモンゴルにもあるが、ここでは逆にゲルの成員の糞を与えて育てた犬を、ゲル周辺を警備し、よそ者の侵入を防ぐ忠犬として養育するという異質な要素を持つ。)
大便酒
梅毒の治療に効果があるとされる。
製造方法は、竹の筒に焼酎を入れて、注ぎ口は蝋で密閉し、便壺に半年以上漬け込む。
それを便壺から取り出して、表面をよく洗った後に飲む。半年以上飲用を続けるのが良いとされる。
本当に効果が有るかどうかは不明。
路上での脱糞
李朝末期の朝鮮を訪れた英国人の旅行記には、大便で遊ぶ庶民の姿が記録されている。
日本統治時代、朝鮮総督府は路上での脱糞を禁止する命令を何度も出したが効果は無かった。
妓生
妓生(きしょう、キーセン)現代では朝鮮半島の娼婦を指す言葉で一部が日本の芸妓に当たる。狭義では李氏朝鮮統治下、清の皇帝からの使者や高官を歓待するために準備された日本で言う花魁から遊女にいたるまでの女性賤民身分であった。 初潮前の少女を妓生とすることも多かったが、日韓併合後に、少女を妓生とすることを禁止した。 大韓帝国の時代までこの風習は続いたが、日韓併合後には日本によって日本の公娼制度に組み入れられた。
妓生の起源は、新羅や高麗にさかのぼる。
明を支援した李氏朝鮮が清に敗北後に結んだ降伏条約により、清の使者を歓待する妓生は処女以外認められず、違反が発見されれば使者は罰則を言い渡す権利を持っていた。使者は妓生を母国に持ち帰ることもできた。李氏朝鮮では厳格な儒教思想が広まっており、処女ではない女性の結婚は非常に困難であった。幸運にも妾として迎え入れられる場合もあったものの、妓生になった場合、他の身分になることは困難であった。帰宅した場合、家族が一族の名誉のために女性を殺害していた。徴集とその後の事実上の奴隷化を避けるため、李氏朝鮮では早婚が常民以上の階級では一般化した。未婚の女性の徴集を避けるための賄賂が横行し、白丁の女性を略取し、身分を偽らせて差し出すこともあった。併合後も早婚の慣習は続き、他の男性との交友に対して慣習法が優先され、姦通罪が適応されたこともあった。
・・・公平君、こんなページ乗せないほうが良かったんじゃないか
これは メッセージ 59749 (itukakouhei333 さん)への返信です.
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