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武帝

投稿者: boston_redsox_xx 投稿日時: 2007/11/06 23:56 投稿番号: [57807 / 85019]
ttp://www.asukanet.gr.jp/n-ken/kojiki/wakasazaki.html
二年九月
妊婦の腹を裂いて、その赤子を見る。

  三年十月
人の生爪を剥いで、芋を掘らせた。

  四年四月
人の頭髪を抜いて、木に登らせ、その木を切倒して、落として殺した。

  五年六月
人を池の樋に伏せ入れ、外に流れ出てきた所を、三刃の矛で刺し殺す。

  七年二月
人を木に登らせ、弓で射落とす。

  八年三月


女を裸にして、馬と交接させる。その陰部を見て、潤っている者は殺し、
濡れていない者は、没して官婢とした。

  ‥‥と、なんとも凄まじい暴虐ぶりです。
  宮中では出廷退廷の時間もいい加減になり、贅沢と酒池肉林に明け暮れ、一日中淫靡な音楽を奏で、天下の上を顧みなかった、とあります。

  ただ、この辺の描写を読むと、どうも中国の王朝の滅亡時の王(殷の紂王とか)の行動とかぶります。
  武烈の次の天皇は継体なのですが、この人の出身は越前の国で、出自と言うのが「ホムダ(応神)の五世の孫」というギリギリの血統なんですね。
  後継のいない武烈の姉のタシラカと結婚して、一応、血統の存続を強調しているのですが、武烈と継体の間に王朝の交代があったと見えます。
  その際に、継体の正統性を強調する為、殊更に武烈を悪役に仕立てる必要があったのではないでしょうか?

  その辺の事を、資料館の会議室でI氏に尋ねてみたので、そのお返事を抜粋させて頂きます。

  天武が確立した王朝の歴史的正当性を主張する編纂物が史実(そんな考え方が当時あったかどうか)至上主義をとったはずもありません。
  古事記の序文は「邦家の経緯」と「王化の鴻基」を明らかにし「偽りを削り、実を定める」って、現政権に都合のいい話は残し、あたあ抹消したと宣言しておりま。
  崇神が   朝鮮半島南部から北九州にはいって王朝を建て、(旧唐書   「日本もと小国、倭国の地を併す」でんな)応神が筑紫から近畿に進出ゆうこってすが、これが当たってるかどうかはさておいても応神の系統は武烈で絶えます。
  つぎにどこの馬の骨か定かでない継体が大王になったいいますから天皇家の系譜が   万世一系じゃないことは確かで   紀記の編集委員会だってそれに気付いてたことも明らかでしょう。
  にもかかわらずアマテラスから天武まで繋ごうとしたらあっちこっち   ウソやら矛盾がでてくるのはいたしかたありますまい。
  仁徳を聖帝としその系統のおわりを武烈とすれば中国風レトリックに従って   悪逆非道に記述するのが自然なのかもしれません。
  参考までに引き写せば

武烈記  
「長好刑理   法令分明   日晏坐朝   幽枉必達・・・
芸文類聚   帝王部   漢明帝
「帝善刑理   法令分明   日晏坐朝   幽枉必達・・・

武烈記  
「刳孕婦之腹   而観其胎」
呂氏春秋
「刳孕婦   而観其胞」
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