ま、これくらいのことは常識かなw
投稿者: boston_redsox_xx 投稿日時: 2007/11/01 23:40 投稿番号: [57344 / 85019]
http://www.geocities.jp/kyoketu/6105.html
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三島と森田は、型通りに「天皇陛下万歳」を三唱し、総監室に姿を消した。
三島は長靴を脱いで上着のボタンを外し、ズボンを押し下げて、床に坐った。鋭い短刀を腹に刺し込み、右へ向けて横一文字に引いた。名誉ある介錯人に選ばれた森田は、主人の背後に立ち、刀を振り上げて、三島の首を打ち落とす瞬間を待った。内臓が床の上に溢れ出、三島の体は前方か後方のどちらかに傾いた。森田は二太刀打ち下ろしたがうまく切れず、目的は果たせなかった。彼より大柄な隊員の一人が軍刀をもぎ取り、力をこめて正確に振り下ろした。三太刀目かに首は離れた。あるいは「押し斬り」にしたのかも知れない。
ついで森田は、血まみれの三島の胴体の脇にひざまずき、三島が使った短刀を取って自分の腹を刺したが、切り口は浅く、筋肉と脂肪の層を切り裂くまでには至らなかった。これも切腹の一つの儀式であった。手練の一太刀で、彼の首も落ちた。後に残った三人の会員は、このとき涙を流していたが、総監の縄を解き、胴体と首をきちんと並べて深々と頭を垂れたのち、警官や警務隊におとなしく取り押えられた。血生臭い事件は終わった。
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▲抗議するくらいならば、これくらいの意気込みで臨んでもらいたいものだ。
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しかしここで愕くべきは森田の精神力である。普通の介錯人は初太刀に斬り損じた場合、それだけで気が転倒し、二の太刀はさらに無様になるか、別な人間に代ってもらうものである。そのために介添人がいるのである。それほど斬首ということは極度の精神的緊張とエネルギーの消耗をともなう。
それなのに三太刀(ないし四太刀)も斬りつけ、しかも介錯を完了しえなかった人間が、三島の握っている鎧通しを取って続いて自分の腹を切るということは、これまた常人の到底なしえないことなのである。しかも腹の皮を薄く切って、一太刀で自分の首を刎ねさせている。腹の傷が浅いということでこれを「ためらい傷があった」と報じた新聞もあるが、それはあたらない。人間の腹はなかなか刃物の通りにくいもので、むしろこれをはじき返すようにできている。さらしでもきっちり巻いているなら別だが、直接皮膚に刃物を突き立てたのでは、相当の圧力がなければはじき返されるものである。
森田の場合は初めから薄く切って介錯を見事にしてもらおうという考えであったと思われる。切腹する人間は首を斬られて死ぬのではなく、介錯人に首をうまく斬らせるのである。それが昔の武士たちが実際の経験の積み重ねから作り上げた一番<見苦しくない>切腹の美学であった。そういう意味では、森田のほうが昔の切腹の美学にかなっていたといえよう。さすがに三島が最も信頼した人物にふさわしい腹の切り方であったように思われる。
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三島と森田は、型通りに「天皇陛下万歳」を三唱し、総監室に姿を消した。
三島は長靴を脱いで上着のボタンを外し、ズボンを押し下げて、床に坐った。鋭い短刀を腹に刺し込み、右へ向けて横一文字に引いた。名誉ある介錯人に選ばれた森田は、主人の背後に立ち、刀を振り上げて、三島の首を打ち落とす瞬間を待った。内臓が床の上に溢れ出、三島の体は前方か後方のどちらかに傾いた。森田は二太刀打ち下ろしたがうまく切れず、目的は果たせなかった。彼より大柄な隊員の一人が軍刀をもぎ取り、力をこめて正確に振り下ろした。三太刀目かに首は離れた。あるいは「押し斬り」にしたのかも知れない。
ついで森田は、血まみれの三島の胴体の脇にひざまずき、三島が使った短刀を取って自分の腹を刺したが、切り口は浅く、筋肉と脂肪の層を切り裂くまでには至らなかった。これも切腹の一つの儀式であった。手練の一太刀で、彼の首も落ちた。後に残った三人の会員は、このとき涙を流していたが、総監の縄を解き、胴体と首をきちんと並べて深々と頭を垂れたのち、警官や警務隊におとなしく取り押えられた。血生臭い事件は終わった。
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▲抗議するくらいならば、これくらいの意気込みで臨んでもらいたいものだ。
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しかしここで愕くべきは森田の精神力である。普通の介錯人は初太刀に斬り損じた場合、それだけで気が転倒し、二の太刀はさらに無様になるか、別な人間に代ってもらうものである。そのために介添人がいるのである。それほど斬首ということは極度の精神的緊張とエネルギーの消耗をともなう。
それなのに三太刀(ないし四太刀)も斬りつけ、しかも介錯を完了しえなかった人間が、三島の握っている鎧通しを取って続いて自分の腹を切るということは、これまた常人の到底なしえないことなのである。しかも腹の皮を薄く切って、一太刀で自分の首を刎ねさせている。腹の傷が浅いということでこれを「ためらい傷があった」と報じた新聞もあるが、それはあたらない。人間の腹はなかなか刃物の通りにくいもので、むしろこれをはじき返すようにできている。さらしでもきっちり巻いているなら別だが、直接皮膚に刃物を突き立てたのでは、相当の圧力がなければはじき返されるものである。
森田の場合は初めから薄く切って介錯を見事にしてもらおうという考えであったと思われる。切腹する人間は首を斬られて死ぬのではなく、介錯人に首をうまく斬らせるのである。それが昔の武士たちが実際の経験の積み重ねから作り上げた一番<見苦しくない>切腹の美学であった。そういう意味では、森田のほうが昔の切腹の美学にかなっていたといえよう。さすがに三島が最も信頼した人物にふさわしい腹の切り方であったように思われる。
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