elgfaret氏 へ(トピずれに付き余人無用)
投稿者: kureyonjin 投稿日時: 2007/10/09 10:58 投稿番号: [54437 / 85019]
>コスモポリタン入党第一希望者ですね
いやだね。
僕はこの様な考えを持っている、君とは相容れぬと思うよ・・・
某トピにも投稿したものなのですが、中島義道氏の「悪について」より、クレヨンお気に入りの序文を紹介します。
《・・・私は自分のうちに膨大な悪が渦巻いているのを知っているのだ。
それは犯罪レベルでの悪ではなく、まさにそこに陥らないようにうまくいきていることに対する負い目である。成功することを求め、そのわずかな成果を喜ぶことに対する負い目である。他人より自分のほうが優れていることを一瞬自覚してしまうことに対する負い目である。いちおう五体満足で、健康で、定職が与えられていることに対する負い目である。・・・・・果てしない負い目が私を窒息させる。
私は、卑怯なことに、こうした実感をもって生きているうちに、自分を棚に上げて、まわりの幸せそうに生きている多くの人々に対して次々に非難の矢を発するようになった。悪にまつわる私の唯一の関心は、善人であることを自認している人の心に住まう悪である。みずからを善人と確信して、悪人を裁く人、悪人を哀れむ人の悪である。
中略
悪はすべての人の「善くあろう」という意志の中に溶け込み、社会を「善くしよう」という欲求の中に紛れ込む。それは、癌細胞のように、生命現象自体にこびりついて、みずからを増殖させていく。といって、われわれは「善くあろう」とすることを完全に放棄して、魯鈍な羊の群れに戻ることもできない。まさに、出口なしである。われわれ人間は全員(どんな極悪人も、どんな聖者のような人も)「道徳の学校」における落第生であり、いくら努力しても、優等生にはなれないのだ。
これを知って、私はむしろほっとする。われわれは、たえず「善くあろう」と欲しながら、行為のたびごとにそれに挫折し、そして「なぜだ?」と問いつづけるほかはない。
なぜなら、このことを全身で受け止めて悩み苦しむこと、それがとりもなおさず、「善く生きること」なのであるから。》
僕が何を伝えたいのか、もし君が疑問を抱いたならばそれが入り口だね。
これは メッセージ 54427 (elgfaret さん)への返信です.
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