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Re: 島国。

投稿者: xxxred_fragmentxxx 投稿日時: 2007/09/14 13:28 投稿番号: [52274 / 85019]
ちょっとおつむの足りないフランス王シャルル8世 (位1483〜1498) は、何を思ったか突然南伊ナポリ王国の征服を思い立ち、1494年、大軍を率いてイタリアに侵入した。
  四分五裂していたイタリア諸国はパニックに陥り、フランス軍は抵抗らしい抵抗も受けずに「バターを針で突き刺すように」イタリア半島を一直線に南下して行った。フィレンツェではこれをきっかけに政変が起こり、サヴォナローラによる神権政治が打ち立てられた。

  これが「イタリア戦争」 (1498〜1559) の始まりである。この時はこれで終わったように思われたが、実はこれは長い長い戦いの序曲に過ぎなかった。

  1516年、独ハプスブルク家のカール (ブルゴーニュとネーデルラントの支配者) はスペイン王になった。当時のスペインは、南伊ナポリ王国や「新大陸」アメリカをも支配する大国だ。
  次いで1519年には、神聖ローマ皇帝にも選出され、カール5世(位1519〜1556)として帝冠を受けた。カールはスペインとドイツ、南イタリア、新大陸の王となったわけだ。

  そして、このような情勢は、フランス王 (ヴァロワ朝) フランソワ1世 (位1515〜1547) にとっては最悪の事態だった。にっくき宿敵であるハプスブルク家に、西(スペイン)も東(ドイツ)も南(ナポリ)も包囲されてしまったのだ。
  フランソワ1世にとって、残された手段は、まだカールの勢力が伸びていない北イタリアを奪って、活路を見いだすことだけだった。

  こうして、16世紀前半、仏ヴァロワ王家と独ハプスブルク家の間で、イタリア支配権を巡る死闘が展開される。「イタリア戦争」である。イタリアはその戦場となり、混乱と荒廃の中に叩き込まれるのである。

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だが戦争はおおむねドイツ側の有利に終わり、フランスは北フランスから勢力を一掃されてしまう。しかもフランスが全てを失ってイタリアから戻ってきた直後、フランス国内で激しい宗教戦争である「ユグノー戦争」が勃発し、国内は滅茶苦茶になってしまい、ヴァロワ朝の血統もその混乱の中で絶えてしまうのである。

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= イタリア戦争と梅毒 =

  フランス軍がイタリアに侵入した1494年、おりしもナポリ王国では新大陸から伝わった梅毒が大流行していた。
  ここをフランス軍が占領し、すぐさま撤退していったからたまらない。フランス兵を経由して、梅毒は全ヨーロッパへ瞬く間に広まっていった。
  そのためにフランス人はこの病気を「ナポリ病」と呼んだが、一方のイタリア人は「フランス病」と呼んだ。
  いずれにせよ、梅毒の流行により、かつてはヨーロッパ中の都市に多くあった風呂屋が激減した。爾来、ヨーロッパでは体臭を香水でごまかす風習が定着するのである。


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=イタリア戦争より=
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