Re: ほらよ、sinra
投稿者: xxxred_fragmentxxx 投稿日時: 2007/08/07 01:29 投稿番号: [49317 / 85019]
1945年4月5日、日本で小磯国昭内閣が倒れた後、元海軍大将であった鈴木貫太郎が内閣を発足したのが同年4月7日である。それと時を同じくするように、アメリカでもルーズベルト大統領が死去し、トルーマン大統領が誕生した。彼こそが誰あろう、日本に、いや人類にはじめて原爆投下の命を下した最初の人間である。
トルーマンは、ソビエトに対して非常に強硬な外交姿勢をとっていた。それは、彼が就任直後に知らされたであろう原子爆弾の存在にあると思われる。
アメリカの原爆製造計画は、暗号名“マンハッタン計画”という名のもとに進められていた。マンハッタン計画というのは、1939年8月物理学者アインシュタインの名前で、数人の科学者がアメリカ大統領ルーズベルトに、最新の核物理学の知識を応用すれば、これまで見たこともない強力な破壊力を持つ、爆弾の製造が理論上可能になったことを告げる書簡を送ったことに端を発する。
やがて、1942年8月に、本格的な原爆製造計画がスタートし、1945年7月16日ニューメキシコ州のアラモゴルド砂漠で、最初の原爆実験が成功している。
そのころ日本においても、理化学研究所の仁科芳雄博士や、京都大学の荒勝文策博士のところで、原爆製造の実験が試みられていた。しかし、終戦までに完成を見ることはなかった。もちろん、その他の国においても、当時のソ連やドイツにおいても原爆製造の競争をしていたわけであるが、世界で最初に原爆を保有したのは、当時の日本の敵国であるアメリカであった。
[原爆投下トルーマン声明]昭和20年8月6日 ホワイトハウス新聞発表
合衆国大統領の声明
16秒前、米国航空機一機が日本陸軍の重要基地である広島に爆弾一発を投下した。その爆弾は、TNT火薬2万トン以上の威力を持つものであった。それは、戦争史上これまでに使用された爆弾の中で最も大型である、英国の「グランド・スラム」の爆発力の2000倍を越えるのであった。
日本は、パールハーバーにおいて空から戦争を開始した。彼らは、何倍もの報復をこうむった。にもかかわらず、決着はまだついていない。この爆弾によって今やわれわれは新たに革命的破壊力を加え、わが軍隊の戦力をさらにいっそう増強した。これらの爆弾は、現在の形式のものがいま生産されており、もっとはるかに強力なものも開発されつつある。
それは原子爆弾である。宇宙に存在する基本的な力を利用したものである。太陽のエネルギー源になっている力が極東に戦争をもたらした者たちに対して放たれたのである。(中略)
今やわれわれは、日本のどの都市であれ、地上にある限り、全ての生産企業を、これまでにもまして迅速かつ徹底的に壊滅させる態勢を整えている。われわれは、日本の戦争遂行能力を完全に破壊する。
7月26日付最後通告がポツダムで出されたのは、全面的破壊から日本国民を救うためであった。彼らの指導者は、たちどころにその通告を拒否した。もし彼らが今われわれの条件を受け容れなければ、空から破滅の弾雨が降り注ぐものと覚悟すべきであり、それは、この地上でかって経験したことないものとなろう。この空からの攻撃に続いて海軍及び地上軍が、日本の指導者がまだ見たこともないほどの大兵力と、彼らにはすでに十分知られている戦闘技術とをもって進行するであろう。
*******************************************************
>早期戦争終了のための最善の方法だった
イラクに核兵器を落とさないのは?
>両国に多くの戦死者をこれ以上出さないためにも良かった
建前はそうだが、事実は違う、人種差別の最たるものだ、イエローモンキーを使って「核」の威力の実験をしたのだよ。広島型と長崎型では「核」の威力が違うのだから、あくまでも後付の「大義名分」である「戦死者をこれ以上出さない」ためだけならば異なる種類の「核」を使う必要などないだろう?
想像してみろ、単純思考の典型のお莫迦w
トルーマンは、ソビエトに対して非常に強硬な外交姿勢をとっていた。それは、彼が就任直後に知らされたであろう原子爆弾の存在にあると思われる。
アメリカの原爆製造計画は、暗号名“マンハッタン計画”という名のもとに進められていた。マンハッタン計画というのは、1939年8月物理学者アインシュタインの名前で、数人の科学者がアメリカ大統領ルーズベルトに、最新の核物理学の知識を応用すれば、これまで見たこともない強力な破壊力を持つ、爆弾の製造が理論上可能になったことを告げる書簡を送ったことに端を発する。
やがて、1942年8月に、本格的な原爆製造計画がスタートし、1945年7月16日ニューメキシコ州のアラモゴルド砂漠で、最初の原爆実験が成功している。
そのころ日本においても、理化学研究所の仁科芳雄博士や、京都大学の荒勝文策博士のところで、原爆製造の実験が試みられていた。しかし、終戦までに完成を見ることはなかった。もちろん、その他の国においても、当時のソ連やドイツにおいても原爆製造の競争をしていたわけであるが、世界で最初に原爆を保有したのは、当時の日本の敵国であるアメリカであった。
[原爆投下トルーマン声明]昭和20年8月6日 ホワイトハウス新聞発表
合衆国大統領の声明
16秒前、米国航空機一機が日本陸軍の重要基地である広島に爆弾一発を投下した。その爆弾は、TNT火薬2万トン以上の威力を持つものであった。それは、戦争史上これまでに使用された爆弾の中で最も大型である、英国の「グランド・スラム」の爆発力の2000倍を越えるのであった。
日本は、パールハーバーにおいて空から戦争を開始した。彼らは、何倍もの報復をこうむった。にもかかわらず、決着はまだついていない。この爆弾によって今やわれわれは新たに革命的破壊力を加え、わが軍隊の戦力をさらにいっそう増強した。これらの爆弾は、現在の形式のものがいま生産されており、もっとはるかに強力なものも開発されつつある。
それは原子爆弾である。宇宙に存在する基本的な力を利用したものである。太陽のエネルギー源になっている力が極東に戦争をもたらした者たちに対して放たれたのである。(中略)
今やわれわれは、日本のどの都市であれ、地上にある限り、全ての生産企業を、これまでにもまして迅速かつ徹底的に壊滅させる態勢を整えている。われわれは、日本の戦争遂行能力を完全に破壊する。
7月26日付最後通告がポツダムで出されたのは、全面的破壊から日本国民を救うためであった。彼らの指導者は、たちどころにその通告を拒否した。もし彼らが今われわれの条件を受け容れなければ、空から破滅の弾雨が降り注ぐものと覚悟すべきであり、それは、この地上でかって経験したことないものとなろう。この空からの攻撃に続いて海軍及び地上軍が、日本の指導者がまだ見たこともないほどの大兵力と、彼らにはすでに十分知られている戦闘技術とをもって進行するであろう。
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>早期戦争終了のための最善の方法だった
イラクに核兵器を落とさないのは?
>両国に多くの戦死者をこれ以上出さないためにも良かった
建前はそうだが、事実は違う、人種差別の最たるものだ、イエローモンキーを使って「核」の威力の実験をしたのだよ。広島型と長崎型では「核」の威力が違うのだから、あくまでも後付の「大義名分」である「戦死者をこれ以上出さない」ためだけならば異なる種類の「核」を使う必要などないだろう?
想像してみろ、単純思考の典型のお莫迦w
これは メッセージ 49316 (sinra_saburou さん)への返信です.
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