Re: 高麗茶碗に見られる日本の美感覚
投稿者: elgfaret 投稿日時: 2007/07/14 17:40 投稿番号: [46480 / 85019]
>>>残念ながら、職人の銘はありません。
よいものを作っても、認められない社会。
奴隷労働と、搾取の社会。
それが朝鮮でしょう。
あなたの以上の意見
嫌韓マンガを「教科書」にした一面的な朝鮮軽視でしかありません
確かに李朝の500年は日本の平和な江戸時代とは正反対の社会でした
あなたの言う「奴隷労働と、搾取の社会」にも異論はありません
しかし苦悩の圧政下でも
数々の民衆文化は栄えました
美に対する追求心は階級の枠を超え朝鮮人の心の奥からあったのです
この生活雑器に見られる土俗的な自然美も朝鮮民族の美意識の一つでしょう
利休は高麗茶碗の中に禅の説く「無心無作」の美を朝鮮庶民の生活雑器から発見しました。
朝鮮時代後期の天才画家である張承業(崔岷植)平民以下の生活をしながらもその絵の才能で両班(特権階級の人たち)を驚かせていました
職人気取りしない
美を意識して作ったものではい、無作為によるがゆえに生み出された美
朝鮮人の「美を意識しずに作った無心無作の美
これこそ「朝鮮の美」かも知れません
これは メッセージ 46430 (ta54547823 さん)への返信です.
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