Re: 道徳。
投稿者: xxchotto_toorimasuyoxx 投稿日時: 2007/06/22 02:05 投稿番号: [44563 / 85019]
チンイルパ(親日派)について考える、1・・・ある韓国人のカキコ
韓国と日本とは、
併合時代(韓国で言う「日帝時代」)に対する考えがぜんぜん違う。
ナショナリズムに基づいたプロパガンタとかが原因だろうけど、
どうしてここまでちがうのだろうか。
そこで、その「弾圧」、代表的に米の収奪などに対して、こんな考え方をしてみました。
「弾圧はあった。しかし、やったのは日本人じゃないかも。」
そう。親日派のことである。
いまになっては「日本と親しい者」という意味で ネットとかでもよく見かける言葉だが、 実はそう可愛いものではなかったそうだ。
親日派を語るには、「パルゲンイ」という言葉を 使ったほうが早い。
「パルゲンイ」。
反共世代の30代〜ならこの言葉を知らない者はいないだろうけど、
最近の子供や日本人には、その意味がよくわからないはずだ。
「625(朝鮮戦争)」の時、ブサンなどに避難に行った人々の苦労とかが
よく話題になるが、それでも避難民はラッキーな方であった。
「わが軍が勝利しています」「この戦争はすぐ終わります」・・・
イスンマン政府の無責任な「嘘」のラジオ放送に騙され、多くの人たちは
自分の町で戦争が終わるのをじっと待っていたからだ。
いうまでもなく、その町はすぐ北朝鮮軍に占領され、人たちはその餌食になった。
戦争のことでよく誤解されることだが、戦争中にもちゃんと「暮らし」はある。
いまは国際条約などで戦闘地域と非戦闘地域を分けたりするが、
むかしの戦争も、戦闘が行われていない地域ではちゃんと暮らしがあったし、 すべての町を北朝鮮軍が「破壊」したわけではなかった。
戦争映画とかで悪役の部隊が町を燃やすシーンとかの影響もあるだろうけど、 最近の小中学生たちは戦争を誤解している。
「破壊」じゃない。「占領」だ。
だからいくら大勢の軍が攻めてきたとしても、 いちいち軍人たちが町をコントロールしたりはできない。
彼らは一部の兵力を残して次の戦場へむかう。
その町での支配を維持するには、 どうしても現地の民間人との連帯が必要になってくるのだ。
ま、簡単に言えば、ローマの総督であったボンディオ・ヴィラドが
ユダヤの暴動をおそれてイエスを死刑させたことも一例だ。
ヴィラドはイエスに「罪がない」とおもったが、 ユダヤのリーダーたちがイエスをころそうと、 国民を扇動させ、ヴィラドに圧迫をかけたわけである。
そう。占領された町で「北朝鮮の味方」を自称し、権力を得、 好き勝手に暴れていた連中。それがパルゲンイである。
どうしても出世とは程遠いやつらが一発逆転の機会として北朝鮮軍に
尻尾をふってパルゲンイになったケースがおおいが、 モスム(働き人、下僕。半分奴隷のような身分だった)が ご主人様の妻や娘をものにするため、パルゲンイとなり、 ご主人様に濡れ衣を被らせた、というはなしもよくあった。
(北朝鮮軍は共産主義、つまり「金持ちも貧乏もない」をモットーにしていたため、 ほとんどの家、土地はすべて没収したが、行政的な問題もあってか、 実は町の実力者たちを監視、または懐柔していたらしい。
つまりパルゲンイはスパイでもあった。)
北朝鮮軍の蛮行はかれらの「いまの姿」を見れば説明はいらないと思うが、
朝鮮戦争のとき、実際国民たちを「身の近くで」苦しめていたのは北朝鮮軍じゃなく、 パルゲンイだった、という極端的な見方もできる。
そう。併合(日帝)時代の親日派も、こういう存在だった。
身分によって出世に「壁」があった、あきらかに差別が存在していた
朝鮮帝国時代のことだ。しかも「日本人になれる」制度もあったし、
進学もできる。これ以上うまい話はなかったはずだ。
パルゲンイなんかと比べると、善意・・・というか純粋によりいい暮らしをもとめて 親日派の道を選んだケースは圧倒的におおいだろうけど、 やっぱりおなじ朝鮮人の上に君臨しながら日本に尻尾を振って利益を独り占めする、 害虫もおおかったはずだ。しかも日本人のふりも容易にできたはず。
・・・続く
韓国と日本とは、
併合時代(韓国で言う「日帝時代」)に対する考えがぜんぜん違う。
ナショナリズムに基づいたプロパガンタとかが原因だろうけど、
どうしてここまでちがうのだろうか。
そこで、その「弾圧」、代表的に米の収奪などに対して、こんな考え方をしてみました。
「弾圧はあった。しかし、やったのは日本人じゃないかも。」
そう。親日派のことである。
いまになっては「日本と親しい者」という意味で ネットとかでもよく見かける言葉だが、 実はそう可愛いものではなかったそうだ。
親日派を語るには、「パルゲンイ」という言葉を 使ったほうが早い。
「パルゲンイ」。
反共世代の30代〜ならこの言葉を知らない者はいないだろうけど、
最近の子供や日本人には、その意味がよくわからないはずだ。
「625(朝鮮戦争)」の時、ブサンなどに避難に行った人々の苦労とかが
よく話題になるが、それでも避難民はラッキーな方であった。
「わが軍が勝利しています」「この戦争はすぐ終わります」・・・
イスンマン政府の無責任な「嘘」のラジオ放送に騙され、多くの人たちは
自分の町で戦争が終わるのをじっと待っていたからだ。
いうまでもなく、その町はすぐ北朝鮮軍に占領され、人たちはその餌食になった。
戦争のことでよく誤解されることだが、戦争中にもちゃんと「暮らし」はある。
いまは国際条約などで戦闘地域と非戦闘地域を分けたりするが、
むかしの戦争も、戦闘が行われていない地域ではちゃんと暮らしがあったし、 すべての町を北朝鮮軍が「破壊」したわけではなかった。
戦争映画とかで悪役の部隊が町を燃やすシーンとかの影響もあるだろうけど、 最近の小中学生たちは戦争を誤解している。
「破壊」じゃない。「占領」だ。
だからいくら大勢の軍が攻めてきたとしても、 いちいち軍人たちが町をコントロールしたりはできない。
彼らは一部の兵力を残して次の戦場へむかう。
その町での支配を維持するには、 どうしても現地の民間人との連帯が必要になってくるのだ。
ま、簡単に言えば、ローマの総督であったボンディオ・ヴィラドが
ユダヤの暴動をおそれてイエスを死刑させたことも一例だ。
ヴィラドはイエスに「罪がない」とおもったが、 ユダヤのリーダーたちがイエスをころそうと、 国民を扇動させ、ヴィラドに圧迫をかけたわけである。
そう。占領された町で「北朝鮮の味方」を自称し、権力を得、 好き勝手に暴れていた連中。それがパルゲンイである。
どうしても出世とは程遠いやつらが一発逆転の機会として北朝鮮軍に
尻尾をふってパルゲンイになったケースがおおいが、 モスム(働き人、下僕。半分奴隷のような身分だった)が ご主人様の妻や娘をものにするため、パルゲンイとなり、 ご主人様に濡れ衣を被らせた、というはなしもよくあった。
(北朝鮮軍は共産主義、つまり「金持ちも貧乏もない」をモットーにしていたため、 ほとんどの家、土地はすべて没収したが、行政的な問題もあってか、 実は町の実力者たちを監視、または懐柔していたらしい。
つまりパルゲンイはスパイでもあった。)
北朝鮮軍の蛮行はかれらの「いまの姿」を見れば説明はいらないと思うが、
朝鮮戦争のとき、実際国民たちを「身の近くで」苦しめていたのは北朝鮮軍じゃなく、 パルゲンイだった、という極端的な見方もできる。
そう。併合(日帝)時代の親日派も、こういう存在だった。
身分によって出世に「壁」があった、あきらかに差別が存在していた
朝鮮帝国時代のことだ。しかも「日本人になれる」制度もあったし、
進学もできる。これ以上うまい話はなかったはずだ。
パルゲンイなんかと比べると、善意・・・というか純粋によりいい暮らしをもとめて 親日派の道を選んだケースは圧倒的におおいだろうけど、 やっぱりおなじ朝鮮人の上に君臨しながら日本に尻尾を振って利益を独り占めする、 害虫もおおかったはずだ。しかも日本人のふりも容易にできたはず。
・・・続く
これは メッセージ 44555 (koibitonoirumachikado さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/4z9q_1/44563.html